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第七百五十九話 ダイエット・ランナー [文学譚]

 最初はダイエットのために走りはじめたと言った。それで効果はあったのかと聞くと、体重は落ちたと答えた。
「へぇ、そうなんですか。で、どのくらい?」
「そうですね、走っていなかったときに比べて二キロは落ちたかな」
 たったの二キロ。そんなに毎日走っているのに、たった二キロだって? わたしは驚いて聞き返したが、そうだ、二キロ減ったと言う。あたしも最近体重の増加が気になっているので、毎日ジョギングでもはじめようかと思っていたのだが、二キロしか落ちないと聞いて、意欲が半減した。
「で、毎日走ってるそうですけれど、走らない日はないのですか?」
「それが、雨の日とか、どうしても走れないときはあります」
「走らないと、何か影響がでますか?」
「ええ、もちろん。一日走らないだけで、あっという間に体重が増えてしまいます」
「リバウンドですか?」
「うーん、こういうのをリバウンドっていうのかどうかはわからないけれど、一日走らないと五キロは増えてしまいますね」
「ご、五キロ? 二キロ戻るんじゃなくて?」
「そうなんですよ。もとに戻るのならともかく、一日休めば五キロ。二日休んでしまうと8キロは増えてしまいますね」
 なんなんだそれは。おかしいじゃないか。ダイエットのために走って、たった二キロ減らせて、走るのを止めたら五キロも増えちゃうなんて。いったいどういうことなんだ?
「どうやら、もう長いこと走り続けているから、そういう体質になってしまってるんですね。わたしにも詳しくはわからないんですけれど」
 男はこうして話している間も足踏みを止めない。わたしの前でタッタッタッタと細かく足を動かしているのだ。
「それ、そうやって続けていた方がいいんですか? こうして話しているときでも」
「あのですね、これ、止まってしまうとその時点から体重が増えていくんですよ。だってそうでしょ? 一日で五キロ増えることを考えればそうですよね。私は走るのを止めたら刻一刻と体重が増えていくんですよ。困ったもんだ」
 男はもうずーっと走り続けているという。食事をするときも、仕事をしているときも。眠っているときでさえ足を動かし続けているという。そんな馬鹿なと思ったが、男は嘘をついているとは思えないほど真剣な表情でそう言った。
「もういまは、こうして立ち止まって足踏みをしているよりも、走っていた方が、その、つまり動いていた方がずっと楽なんです。そういう身体になってしまった。ダイエットってそういうものらしいですよ」
 男はそういって入り去った。
                               了
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