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第七百五十三話 イヤモニ [文学譚]

 なんだろう、あれは。テレビモニターの中で歌っている歌手の横顔がクローズアップされる度に気になるものが見える。それも一人や二人ではない。出てくる歌い手みんなが同じようなものが耳の中に入っているのだ。そう、それはイヤホンなんだと思うけれども、煌びやかな装飾がされているものやシンプルなシルバーのものなど、デザインはさまざまだけど、そういうものが耳の穴全体を塞いでいるのだ。

 なんか格好いい。私はそう思ってすぐにインターネットで検索してみた。すると、イヤーモニター、通称イヤモニというものがヒットし、その入手先も明らかになった。私が普段、携帯音源に差して使っているステレオイヤホンと大きくは違わないのだけれども、ステージ上でプロが使うイヤホンだということだった。多方は何万もするような、本当にプロ仕様のものらしいが、その中に手頃な価格のモノを見つけて、早速注文した。

 数日後、手元に届いたそれは、デザインこそシンプルで装飾もないけれども、テレビの中に発見したモノとほとんど同じものだった。いつも使っている音源からいつものイヤホンを引き抜いて、新しいイヤモニを差し込む。耳の穴を入口のところから埋め込んでしまう形なので、密閉性が高い。耳に装着しただけでも外界の音は半分暗い遮蔽される。音源のスイッチを入れて音を出すと、それなりにいい音が聞こえ、外界の音はほとんど聞こえなくなる。耳の外に出たコードは、そのまま耳に引っ掛けて頭の後ろに流すので、コードの存在はほとんどわからない。見た目も、音質も、これは申し分ないものだと愛用するようになった。

 毎日、通勤時や休憩時、イヤモニを耳に埋め込んで音楽やラジオを楽しむ。以前のステレオイヤホンよりもずっと装着感がよく、違和感がないので、四六時中耳につけたままで仕事をするようにもなった。

 ある帰り道、いつものようにイヤモニを耳に埋め込んで、音楽を聴きながら歩道を歩いていると、反対側の歩道にいる同僚を見つけた。こっちを向いて何かを言っているようだが、イヤモニのせいで何も聞こえない。何? 何か用事なのか? 私は立ち止まって彼に聞こえないというジェスチャーをしてみせたが、相手は口に手を当てたり、何かを指で差しながら、叫んでいるような素振り。何? 何だって? 相手はますます激しい動きで叫んでいる。あまり仲の良い同僚でもないし、何を言ってるのかわからないし、無視しようと決めて歩き始めようとしたそのとき、ぐおん! という感じと共に身体が吹っ飛んだ。宙に浮かび上がりながら、頭を曲げて足元を見ると、何か大きなもの……トラックらしきものが傾いていくのが見えた。どうやら私はそれに跳ね飛ばされたらしい。音を漏らさず、外界からシャットダウンしてくれる高性能なイヤモニのおかげで、私は同僚の言葉はおろか、トラックの走行音やブレーキ音にさえ気がつかなかったようだ。トラックがぶち当たった胸のあたりから血しぶきを吹き出しながら、私は黄昏の街のあすファルトの上へと、ゆっくりと落下していった。

                                         了


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