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第七百五十五話 左手 [文学譚]

 昔は、レタッチ職人という者がいた。広告や印刷物に載せる写真を修正する

仕事だ。修正というと、美容整形のように人の顔を綺麗に修正するように思う

人がいるが、そうではない。写真全体のコントラストを整えたり、背景に溶け込

んでしまっている被写体のシルエットを明瞭にしたりするのだ。特に新聞掲載

のモノクロ写真に対しての処置が中心だった。もちろん、たまには背景に写り

込んでしまった電線を消したり、モデルのこに浮かんだ滲みを隠すようなことも

あったが。

 しかし、メディアのデジタル化と共に、プリント上で修正する作業はなくなり、

レタッチはパソコン画面上でデジタル写真を修正するというスタイルに移行した。

プリントのレタッチ技術とデジタル写真のレタッチ技術はまったく別物なので、昔

のレタッチマンはすべて職を失い、新たなデジタル職人が現れたのだが、私は

旧いレタッチ技術を持ったまま、デジタル技術をミニつけた数少ない人間だ。新

旧、行う技術はまったく別物だが、修正を行う対照への理解度やレタッチセンス

というソフト分野では通じるものがある。私はそこのところをうまく身に付けたの

で、みるみるうちにデジタルレタッチの第一人者のようになってしまった。

 だが、第一人者といっても所詮レタッチ屋は影の存在。縁の下の力持ちであり、

私自身もいたって地味な人間だ。日々やって来る仕事をコツコツとこなすだけな

のだが。

「なぁ源さん、頼むよ。急ぎなんだ。今日の午後には出稿しなければならないんだ」

「……」

「いや、そりゃ、発注が遅れてしまったのは俺のミスさ。だけど、これにはいろいろ

と訳があって……発注し忘れてたわけじゃないんだ。得意がね、なかなか……」

「……そんなことは知らん。わしはただきちんとした仕事をするだけだ。あんたが

持ってきたそのくだらん写真もな、今受けたならきちんと仕事をして、明日には渡

してやるさ」

「源さん……明日って……今日必要なんだよ」

「それなら昨日持ってくるべきだったな」

「源さん、源さんならこんな写真の修正、左手でだってできるだろ? な、な、頼むよ」

「なに? 左手で? 確かにな、このくらいのレタッチ、右手を使わんでもできるさ。

だがな、わしの集中力はひとつなんだ。わしの頭もひとつなんだよ」

「だから、そこをなんとかって言ってるんじゃないかよ。な、左手でいいからさ」

「左手左手って……そんなに言うのなら、左手を貸してやるよ。持っていきな」

 わたしがそう言って左手を突き出すと、どのようにしたのかわからないが、奴は

私の左手を手首のところから外して持って行ってしまった。

                                  了


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第七百五十四話 あらすじ男 [文学譚]

 不倫に違いない。年が離れすぎている。

 すぐ前を歩いているのは私の娘とほど違わない年齢の女性と、父親かという

年かさの中年男性だ。女が男の腕に親しそうにぶら下がっているその様子か

ら想像するに、とても親子とは思えない。こんなに歳の離れた夫婦も珍しいし、

恋人同士というには年が違いすぎる。だとすると、不倫に違いない。これまで

ドラマや小説以外には不倫という言葉と接したことのない私でも、直感的にわ

かった気がした。この野郎と思う反面、瑞々しい女の肢体を想像するに、嫉

にも似た感情が湧き上がってくる。上手いことやりやがって。しかしいまに奥方

にバレてえらいことになってしまえ。二人の後ろ姿をぼんやりと眺めながらそう

思った。

 いまにはじまったことではないが、見知らぬ人間の姿形を眺めては、その人

物の背景にある人生を勝手に想像してしまう。これは中半職業病のようなもの

なのかもしれない。大学やカルチャースクールで文芸解説という講義を行うよう

になってから、そんな風になってしまったように思う。そもそもは物語を書く職業

で生きていくつもりだったのだが、どこかしらで路線を踏み間違え、出版された

物語は三冊目で止まってしまった。そうでなくとも印税で食べていかれるような

世の中でなくなっているのに、三冊しかない本の印税など、ないに等しい。必然、

他の仕事をしなければならなくなり、かろうじて講師という職を手にすることがで

きた。それからもう二十数年も先生面をして生きているのだが、文芸を教えるこ

となど、とてもじゃないができるものではない。そもそも芸術としての文芸という

ものは、書くにしても読むにしても、個人の中にあるものであり、また個人の中

から生まれてくるものなのだ。たとえ教師であっても、指導して先へ進めるもの

ではないと私は思っている。だから、文芸を教科書にした講義は、そこに書か

れている話を読み解き、少なくともあらすじを生徒に理解させるだけにとどまっ

てしまう。物語から何を汲み出すか、何を感じるか、何を得るのか、すべては

他人によって指図されるようなものではないはずだ。読み手がそれぞれに読

み取り、内面と対峙させるべきものだからだ。私は下手な解釈を加えない。た

だ、淡々と話の筋を読み解いて聞かせる。こういうことを長年ん続けているうち

に、筋書きの読み解きは、書籍に限られたものではなく、生身の人間に対して

も行ってしまう癖がついてしまったのだ。

 歳の離れた男女。不倫。まもなくそこに問題が生じるだろう。待ち伏せする妻。

男の手を掴んでいた優しい手は、妻の存在に気づいて腕から離れる。思わず眼

を閉じて現実逃避を図る男。そして……。

 目の前の男女が不意に立ち止まった。見ると、その先に中年女性が立っている。

私の読みがいきなり現実になった。男の妻が待ち伏せしていたのだ。まさかこんな

に俄かに思い通りの展開がはじまるとは思ってもみなかったが。

「あ、早かったのね」

 突如口を開く中年女性。年の差カップルは悪びれるでもなく、腕を組んだまま再び

歩きはじめる。若い女性が腕から離れて中年女性に駆け寄る。

「待った? うふふ。久しぶりで嬉しいわ。三人でお食事なんて。ね、お母さん」

 私は物語の筋書きを読み解いて先生と呼ばれている。それはあくまでも書籍の上

でだ。生身の人間のあらすじなんて、読めるはずがない。

                                     了


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第七百五十三話 イヤモニ [文学譚]

 なんだろう、あれは。テレビモニターの中で歌っている歌手の横顔がクローズアップされる度に気になるものが見える。それも一人や二人ではない。出てくる歌い手みんなが同じようなものが耳の中に入っているのだ。そう、それはイヤホンなんだと思うけれども、煌びやかな装飾がされているものやシンプルなシルバーのものなど、デザインはさまざまだけど、そういうものが耳の穴全体を塞いでいるのだ。

 なんか格好いい。私はそう思ってすぐにインターネットで検索してみた。すると、イヤーモニター、通称イヤモニというものがヒットし、その入手先も明らかになった。私が普段、携帯音源に差して使っているステレオイヤホンと大きくは違わないのだけれども、ステージ上でプロが使うイヤホンだということだった。多方は何万もするような、本当にプロ仕様のものらしいが、その中に手頃な価格のモノを見つけて、早速注文した。

 数日後、手元に届いたそれは、デザインこそシンプルで装飾もないけれども、テレビの中に発見したモノとほとんど同じものだった。いつも使っている音源からいつものイヤホンを引き抜いて、新しいイヤモニを差し込む。耳の穴を入口のところから埋め込んでしまう形なので、密閉性が高い。耳に装着しただけでも外界の音は半分暗い遮蔽される。音源のスイッチを入れて音を出すと、それなりにいい音が聞こえ、外界の音はほとんど聞こえなくなる。耳の外に出たコードは、そのまま耳に引っ掛けて頭の後ろに流すので、コードの存在はほとんどわからない。見た目も、音質も、これは申し分ないものだと愛用するようになった。

 毎日、通勤時や休憩時、イヤモニを耳に埋め込んで音楽やラジオを楽しむ。以前のステレオイヤホンよりもずっと装着感がよく、違和感がないので、四六時中耳につけたままで仕事をするようにもなった。

 ある帰り道、いつものようにイヤモニを耳に埋め込んで、音楽を聴きながら歩道を歩いていると、反対側の歩道にいる同僚を見つけた。こっちを向いて何かを言っているようだが、イヤモニのせいで何も聞こえない。何? 何か用事なのか? 私は立ち止まって彼に聞こえないというジェスチャーをしてみせたが、相手は口に手を当てたり、何かを指で差しながら、叫んでいるような素振り。何? 何だって? 相手はますます激しい動きで叫んでいる。あまり仲の良い同僚でもないし、何を言ってるのかわからないし、無視しようと決めて歩き始めようとしたそのとき、ぐおん! という感じと共に身体が吹っ飛んだ。宙に浮かび上がりながら、頭を曲げて足元を見ると、何か大きなもの……トラックらしきものが傾いていくのが見えた。どうやら私はそれに跳ね飛ばされたらしい。音を漏らさず、外界からシャットダウンしてくれる高性能なイヤモニのおかげで、私は同僚の言葉はおろか、トラックの走行音やブレーキ音にさえ気がつかなかったようだ。トラックがぶち当たった胸のあたりから血しぶきを吹き出しながら、私は黄昏の街のあすファルトの上へと、ゆっくりと落下していった。

                                         了


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第七百五十二話 ちかごろの贈り物 [可笑譚]

「チョコレート以外に、何が欲しい?」

 最近のバレンタイン、本命彼氏にはチョコだけじゃなく、普通にプレゼント

をあげるという習慣がスタンダードになってきて、なんだか出費だなぁとは

思いつつも訊ねてみると、アイパッドミニが欲しいと言われた。え? 最近

話題の? そう。あれ、欲しいんだけど、なかなか手が出なくってさ。チョコ

なしでいいから、ああいうのもらったらすっご嬉しい。なあんていわれて、

わたしはすっかりその気になった。だけど、それってどこで売ってるのかな?

なんだか電気屋とかで売ってるらしいけど、インターネットで見てみると、

構高いじゃん。きっともっと安いのがあるはずだと思ってさらに検索すると、

あるじゃない。安くて便利そうなのが。なになに? 

「雨の日に大活躍! もう手放せない、インテリジェンス時代の申し子!」

 って良さそうじゃんこれ。パッケージの見た目は、そのアイパッドなんとか

とそっくりだし、なんかかっこよさそう。雨の日限定なのがちょっと気になる

けど。とにかく、電気屋のサイトで見たものの十分の一くらいのお値段なの

で、ポチッと購入した。二日後届いたものをそのままラッピングして、昨日、

彼の手に。

「えっ? ほんとうに買ってくれたの? アイパッドミニ! うわぁ、軽っ!パ

ケージのままでもえら軽いな。さすがアイパッドミニ!」

 喜ぶ彼の顔を見ながら、あの、その、アイパッドミニって名前では……ちょっ

と言いそびれていたら、バリバリっと包装紙が破られて。なんだこれ? これ

ってアップルじゃないじゃん。パッチもん? 彼の顔がみるみる曇る。

「マイかっぱmino……なにこれ?」

「あのね、雨の日限定。すっごスグレモノらしいよ。その小さなサイズから、

いざとなったらバット広げて、雨を防げる……」

「面白過ぎ……嬉しいよ、お前のそのしゃれっけ。で、チョコは?」

「チョコはいらないっていったじゃない」

「それは……ま、いっか。ありがと、雨合羽。今度使うよ」

「あ。怒った? ね、ね、次はもっといいの見つけてるから。ね、今度は期待

してて」

「ほんとう?」

「うん、もっといいの。えーっとね、ぶるぶる震えて美味しいコーヒーが淹れ

られる、サイフォン・バイブっていう……」

                            了


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第七百五十一話 バレンタインの恐怖 [怪奇譚]

 今日はセント・バレンタインデー。先週末には百貨店に行ってみたが、催事

フロアには特設売り場が繰り広げられていて、チョコレートを選ぶ女性たちで

ごった返していた。いったい誰にチョコレートをあげるのだろう。そんなものを

あげてほんとうに嬉しいのだろうか。

 あたしはこの日が大嫌い。何故かって? チョコレートがもらえないから?

バカね、あたしは女子だから貰う方ではないの、あげる方。なのに、誰もあげ

る男がいないから。寂しい。寂しいというか、もはやこれは恐怖。みんなが楽

しそうにしている日に、チョコをあげる殿方が誰ひとりいないという恐怖。わか

る? クリスマスを一緒に祝う恋人がいない恐怖のその次に、このバレンタイ

ンという日が憎らしい。腹立たしい。

 それでも昔はね、あのチョコレート売り場に群がる女子たちの中にいた。あれ

でもない、これでもないと迷いに迷ったあげく、選び抜いたチョコレートをひとつ

買い、ついでに気になったチョコを自分用にもひとつ。そういえばパパにもあげ

よう、会社の上司にもあげようと、義理チョコも買っていた。結局一万円近くが

チョコレート代になって、意気揚々と家に持ち帰り、さっそくパパに「一日早い

けど」と渡す。パパは、俺はこういう甘いのは苦手なんだけどなとか言いなが

ら一応嬉しそうにひきつりながら受け取った。

 翌日には少しドキドキしながら持って出かけた。周りを見渡すと、若い女子た

ちは早速義理チョコを配って歩いている。男子社員は義理チョコとわかりながら

もまんざらではない顔、あるいはほんとうに嬉しそうな顔で受け取る姿、姿。あ

たしもこのタイミングにと思い、ガサゴソと紙袋の中から小さなチョコの箱をいく

つか取り出して、向かいに座っている若い男子社員にそっと差し出す。すると、

彼は驚いた表情をしたまま固まってしまった。え? なんで? もう一度目の

前に差し出すと、「あの、ボ、ボクは遠慮しておきます」どういうこと? あたし

のチョコが受け取れないの? 受け取れないらしい。ちっ。そんならあげない!

あたしは気を取り直して少し離れた席に座っている上司の傍に行って、黙って

チョコを差し出す。すると彼もまた顔を引きつらせながら「わ、私は受け取るわ

けにはいかない」でもさ、机の上には他の女子からもらったチョコが積まれて

いるじゃないの。なんで? どうして? その後も用意したチョコを次々に持っ

て社内を歩いたが、誰ひとりとしてあたしからチョコレートを受け取ろうとはし

なかった。あたっしは情けなくなって、別フロアにいる彼氏のところに大きな

紙袋を持って行く。ほんとうは夜、食事に誘って渡そうと思っていたのだけれ

ども、あまりにもみんなの態度が悪くて、むしゃくしゃしていたあたしは、どう

してもいますぐに誰かに受け取ってもらいたかったので、お付き合い中の彼

にいま渡すことにしたのだ。

「え? 僕に? こんな大きいものを?」

 度肝を抜かれたような彼の額につーっと汗が落ちていくのが見える。

「まさか、これは……この大きさは……ほ、ホンメイ……?」

 うんうんとうなづくあたし。彼はそのまま白目を向いてがくりと膝をついて

その場に崩れ落ちてしまった。あたしはしかたなく、床の上にへたり込んで

いる彼の背中に紙袋を乗せて自席に戻った。

 いったいどうしたことなんだろう。あたしは思い出していた。そういえば一

年前も同じようなことがあったような。あの時の彼は……今のかれじゃない。

あのとき付き合っていた彼は、バレンタインの翌日、会社を辞めてしまったん

だっけ。なんでだか。それからもう会うことはおろか、連絡も取れなくなった。

だって会社にいないから、内縁番号が使えないんだもの。今の彼は、去年

配った義理チョコ……去年も誰ひとり受け取ってくれなかった中で、唯一受け

取ってくれたやさしい人だった。あたしの義理チョコを受け取った彼は、周りの

男性からなんかわいわい言われてたなぁ。あたしは誰も受け取ってくれなかっ

た大量の義理チョコを、自分で消化したものだから、また一回り太ってしまった。

 あれから毎年同じことを繰り返し、その度に本命チョコをあげた彼が去ってい

った。何が悪かったのかわからないまま。そしてついに、誰ひとりあたしからチョ

コを受け取る人もいなくなってしまった。さすがにチョコ好きのあたしとはいえ、な

んだか虚しくなって義理チョコさえ買わなくなったのは何年前だったかなぁ。そし

ていまやあたしには本命彼氏もいない。あーあ、寂しいなぁ。やっぱり、チョコを

配らないとダメかなぁ。あたしは今日、何年かぶりに義理チョコと本命チョコを会

社に持ってきてる。義理チョコ……会社の中ではもう配りにくい。誰も受け取ら

ないのは目に見えてるし。あ、そうだ。隣のビルの会社に行って配ろうか。それ

に、本命チョコは……いままで考えもしなかったけど……社長にあげよう。そう

だ、社長を本命彼氏にすれば、部下たちもあたしの義理チョコを欲しがるかも。

そうしよう。そう思いついたあたしはさっそく大きな紙袋をぶら下げて社長室に

向かう。自分のいい思いつきに知らず笑い声が漏れる。

 ぐえっへっへ。ぐえっへっへ。しゃちょーを彼氏に、ぐういっひっひ。

                                    了


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第七百五十話 ウルトラ怪獣 [文学譚]

 伝説のテレビドラマが復活した。もう四十数年前に衝撃的に登場した円谷特撮番組だ。怪獣番組と言ってしまえばそういうことなんだけれども、当時はまだ映画館でしか特撮怪獣など見れなかった時代で、子供のみならず、大人も見てたようだ。ただの怪獣もにではなく、いまでいえば、世にも奇妙な物語といった風情の番組だったからだ。
 一年間オンエアされたあと、ウルトラマンというヒーローが登場して、ウルトラファミリーの黄金期がやってくる。その頃の円谷仕事は伝説的になり、半世紀近くすぎたいま、当時の子供が管理職以上になってなお、円谷マニアが多いのだ。DVDも死んだすべて出てるし、テレビでも何度も再放送されていたが、去年、モノクロだったアーカイブがカラーになって再登場した。その上、今年になって四十年ぶりにセカンドシーズンとして、新たな番組が放送されているのだ。
 新たな特撮番組は、昔と同様に、毎回怪獣や不思議な人間が登場する、奇妙な物語だ。たとえば、どんな汚れモノでも綺麗に洗濯してくれるクリーニング店の主人はなんでも綺麗にできる超能力を持った怪獣だ。その怪獣が、商店街の一員として生活しているという・・・・・・。
 ある噂を耳にしたことがあるんだけれども、宇宙人との遭遇を描いたハリウッド映画や、世界の終わりを告げる映画は、実は事実をそれとなく世間に公表する手段であるという。それは真実かどうか定かではないが、少なくとも怪獣や宇宙人が人間の中に混ざって生活しているという話を描いているこのウルトラニューバージョンは、真実に違いない。それが世間に真実を知らしめる目的を持って作られたのかどうかはわからないが、困るのだ。
 超すごい洗濯能力を持った者、守銭奴のように金が大好きな者、誰とも口を聞かないのにすべてを理解する者、こんな者どもを怪獣に見たてている、いや本当は怪獣そのものなのだが、テレビで表現されることによってクローズアップされてしまう。それが果たしていいことなのか悪いことなのか。つまり、他者とは違った姿や能力の怪獣が存在していることを、人々は信じるのか、排除しようとするのか。
 私は新たなドラマを見ながら、描かれた怪獣たちの姿を懐かしくも思い、また不安にも思って、背中に大きく生え揃った飾り鰭が熱を帯びて震え出すのを止めることができないでいるのだ。
                                             了

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第七百四十九話 クレーム [文学譚]

 表引き戸のカーテンを開けると、眩しい朝の光が飛び込んできた。もう何年 この朝陽を拝んできたことか。もう相当古くなったこの引き戸。開く度にがたぴ し音がしていまにも外れてしまいそうだ。だが、これを新しいサッシになど変え たくはない。この古い木の引き戸があってのうちの店頭なのだ。親父の親父の そのまた親父の代から受け継いで、もう百年からの歴史を刻んできたこの店を 預かっている主としては、もうしばらくこのご先祖様の命が刻まれている佇まいを守って行きたいと願うからだ。
 とはいうものの。私はガラス戸に張り紙をしながらひとりごちた。売り物に関し ては、いつまでも過去の遺産だけにしがみついているわけには行かない。現代 のお客様は多様化し、新しい美味しさを求めているのだ。伝統を生かしつつも、 新たな味わいを提供すること、それが私、今の萬福饅頭店店主の役割である。
「無花果大福、新発売!」
 張り紙にはそう書かれている。このところ、大福餅の中に果物を閉じ込めた 餅がよく売れている。長いこと、そんなものは邪道だと思っていたが、よそで 売っていた苺大福を食べてみて驚いた。餡と苺の合うこと。私は考えた。うち でも苺大福を作ってもいいが、物真似だけではなぁ。そこで生み出したのが、 これ、無花果大福だ。作ってみるとこれがなかなか美味い。これは売れるぞと 判断して、早速商品化した。今日がそのデビュー日なのだ。さぁ、お客様にど のくらい喜んでもらえるのか、楽しみ楽しみ。  最初にやってきた客が言った。
「ちょっと、ご主人。あれ、なんて書いているの? むはなか……大福?」
「あ、いえ、あれはその、いちぢくが入ったいちぢく大福でして……
「ははぁ、いちぢくですかな。もっと読めるように書いてもらわないと……
 いきなりクレームだ。結局その客は常用饅頭を二個買って帰った。私は すぐに張り紙を剥がして、書き直すことにした。
「いちぢく大福、新発売!」
「ちょっと、ご主人。表のあの張り紙、間違ってませんかな?」
 次に来た客が指摘した。いちぢくと書く人もいるが、正式にはいちじくと書くのだそうだ。
「こんな伝統的なお店が、平仮名を間違えては困りますな」
 客は塩見饅頭を五個買って帰った。 私はすぐさま張り紙を書き換えた。
「いちじく大福、新発売!」
「ちょっと、ご主人、あんたとこ、浣腸売りはじめなさったので? ひとつもらおかな」
「は? なんですと? 浣腸?」
「そうです。表の張り紙、見ましたがな。いちじく浣腸、新発売」
「ははぁ。ご隠居さん、違います。いちじく浣腸ではなく、いちじく大福で」
「あ、そ? わしゃてっきり、いちじくという文字を見ただけで……
 ご隠居は何も買わずに帰ってしまった。私はさすがに今度は書き換える気にはならなかったのだが。ようやく、次にまともな客がやってきた。
「いちじく大福ですか。ご主人、考えましたな。ひとつもらいましょ。うんうん、そのままでええ。ここで食べてみてもよろしいかな? あ、おお、お茶を……いただけるのですか。ありがたい。サービスがよろしいな、こちら様は」
 客はお出ししたお茶とともに、一口食べて口を開いた。
「おおー、なかなか美味しいですな。うんうん。しかし、これ……いちじくですかな? はて? これはいちじくではのうて、ザクロっちゅうもんではないですかな?」
 言われてはじめて気がついた。確かに。これはいちじくではない、ザクロだ。わたしはどうも昔から、ものの名前を間違える。とりわけ、いちじくとザクロは、よく名前を間違えるのだった。ザクロ大福……また、いろいろ言われますな、きっと。ドクロみたいだとか、ザッケローニかとか……やめたやめた! やはりうちは伝統品だけで行く。それがええ。
                               了
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第七百四十八話 猫のこと [文学譚]

 私が猫という動物と出会ったのは、高校生のときだった。受験勉強をしてい

る部屋で、にゃおと声を聞きつけて窓を開けた。すぐ下から見上げる二つの目

と目が合ってしまって、入っておいで、というと、うんっと言って飛び込んで

来た。真っ白なきれいな猫で、その目はシャム猫みたいにブルーだった。何か

食べ物をやりたいと思ったが、なにをやればいいのかわからなかったので、冷

蔵庫からミルクを取って来て、皿にいれてやると、おいしそうに飲んだ。

 しばらく部屋の中をうろうろしていたが、またなおと言うので、外に出たく

なったのだろうと窓を開けると、ぴょいっと飛び出していった。なんだか賢そ

うな猫だったなぁと思いながら勉強に戻ったが、しばらくするとまたなおと声

がする。ははぁ、また戻って来たなと思い、窓を開けると再び飛び込んで来た。

だが、今度は何かを咥えている。なんだ? よく見るとそれは小さな小さな子

猫だった。子猫を咥えたままベッドの下に潜り込み、それからまた出て行った。

それを4階繰り返して、ついに彼女は四匹の子供を私の部屋に連れ込んでしまっ

たのだ。まさか、そんな親子を放り出すわけにもいかず、家の中から段ボール箱

を探して来て、布を敷き、猫の巣をつくってやった。こうして私と白い猫親子は

出会ってしまったのだ。

 一週間ほど子猫も置いていたが、全部飼うわけにもいかず、子猫の引き取り手

を探したはずなのだが、その辺りのことは記憶から欠落している。とにかく白い

猫は我が家の一員となり、死ぬまで家にいた。平屋だったので、自由に出入りを

し、何ヶ月に一回は遠出をしているのか帰ってこなかったりもした。あるときは

近所の犬と喧嘩をしたらしく、怪我をして帰って来たこともあった。なぜそうだ

とわかったのかというと、何度か犬とやり合う姿を見かけたことがあったからだ。

白い猫……タラと名付けたのだが……は、犬にひけを取らず、逆に襲いかかってい

た。なんという強い猫なんだと思った。

 美しい青い目の、きらめく白い毛を持ったタラは、賢くもあり、我が家の家宝

のようにして飼われていたが、それから十年ほどして亡くなった。そのとき私は

既に家を出ていたので、彼女が亡くなったときのことはほとんど知らないし、そ

れがいつだったのかも思い出せない。

 私が働くようになってから、一人暮らしをしたり、実家に戻ったりしていたが、

実家にいるときは、また別の猫がいたりした。それからまた実家を出てからは、

動物など飼う余裕はなかったのだが、一度だけ子猫を貰い受けた。だが、一年ほ

どして転勤することになったので、その猫は実家に放り投げてしまった。さらに

それから数十年。いま、私は再び三匹の猫と暮らしている。

 二匹は兄弟の雄で、黒いのと、白に黒い模様がある猫で、彼らは二年前からう

ちにいる。もう一匹はもう十年も一緒に暮らしている雌なのだが、これがまた猫

にしては賢くて、しかしわがままなお嬢様なのだ。常に自分がしたいように暮ら

し、好きなときに好きなようにする。ときどきぷいと出て行って帰って来ない。

甘えてくることもあるが、知らんぷりをすることも多い。私がべたべたと可愛が

ろうとすると、嫌がって逃げてしまったり、場合によっては邸宅引っ掻かれてし

まったこともある。押す猫と雌猫の違いかもしれないし、一緒に暮らしている年

月の違いかもしれないけれども、後から来た二匹の雄とはずいぶんと様子が違う

と言える。だが、それがまた愛おしく思えたりもするので、捨てがたい家族の一

員になっているのだ。

 二匹の雄猫はまだ二歳過ぎなので、いまはまだずーっと家の中だけで過ごして

いるが、雌猫は少し前からパート仕事をはじめている。大きな収入にはならない

が、まったく稼がないよりはましだし、何より、当の本人にとってそれは悪いこ

とではないだろうと思って好きにさせているのだ。仕事の内容はよく知らないが、

どこかの会社の情報整理みたいなことをしているらしい。できればもっと収入の

多い仕事に変わりたいなどと思っているようだが、いまのような厳しい時代、な

かなか猫を雇ってくれる会社などないぞ、と言ってやると、そうかなぁという顔

をして私を見つめる。

 ともかく、猫三匹と生活は、まだまだ続きそうではある。

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第七百四十七話 照射日和 [文学譚]

「おいっ、おまえ! 何してる?」

「はっ。ミサイル砲を磨いているであります!」

「貴様! そんなことは、出動前にやっておかんか! いまここは、最前線だ

ぞ。こんなときに手入れなど、しているときではないっ」

「はっ。しかし、いまは特に指令も出ておりませんので」

「貴さんっ、口答えするのか? 手入れなとしているときに、敵が攻撃してき

たら、貴様はどうするつもりかっ!」

「はっ。急いで銃器を元通りにして、備えます」

「馬鹿っ。それでは間に合わん! 今すぐ、一秒で応戦せねば、やられてしま

うではないかっ」

「はっ。申し訳ありません」

「今すぐ、臨戦体制が取れるようにするのだ」

「はっ」

 東シナ海領域を視察するために海軍艦艇に乗り込んだ黄大佐は、もともと船

内の緩い空気に苛立ちを感じていたのだが、船内巡回中にこの砲打室へやっ

て来たのだったが、兵士が銃器を砲台から外しているのを見て、怒りを爆発さ

せたのだった。現場叩き上げの大佐にとって、ミサイル砲は、我が子のような

ものだ。兵士が元通りに設置し終わるのを見て、どれ、見せてみいとばかりに

照準器を覗き込んだ。

「貴様。これをちゃんと使いこなせるのだろうな!」

「はっ。もちろんであります」

「では、やってみい」

「は?」

「仮想敵に向かって、目標ロックのところまでをやって見せてみいといってお

るのだ」

「し、しかし。何に向かって?」

「馬鹿か、貴様は。ほれ、あそこに一隻、航行中の船がおるではないか」

「し、しかし。あれはかの国の……」

「そうだ。だからなんだ?」

「他所の国の船にレーダー照射など……」

「実弾を撃つわけではない。照準を当てるだけだ、何の問題もなかろう」

「いやっ、しかし」

「貴様。上官の命令に背くのか?」

「いえ、とんでもありません。わ、わかりましたっ」

 斯して某国船艦から、我が国の船に、火器管制レーダーが照射された。

「どうだ? レーダー照射だけだ。何も起こらないだろう? こうやって日頃

から予行演習をして腕を磨いておくのだ。貴様のようなへっぽこ兵はな、

どうせ実践経験もないだろうからな」

 以後、この船では、ちょいちょいレーダー照射が行われるようになった。兵

士たちが自分の腕を仲間に披露するために、交代で仮想敵目標に向かって

レーダー照射されているのだ。あるときは岩礁に向けて、あるときは海鳥に

向けて。運よく他国の船がいればそれに向けて。若い兵士たちにとって、ま

るてパソコンゲーム感覚で、レーダー照射がなされる。船内での唯一の楽し

みとして。実践なき前線の数少ない腕の見せ所として。

「あっ! ずるい! お前はさっきやったばかりじゃないか! 次は俺の番!」

「なんだよ、下手くそ。おまえなんか、あさってやんな」

「なんだと!」

「まぁまぁ、ここは順番に……僕のバントいうことで……」

 こんな感じだったりするのかおしれない……あの国の船の中は。

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第七百四十六話 惰性 [文学譚]

 昭和初期あたりに建てられたのだろうと思われる古いビルの会議室は、暖房

が効きにくいのか妙に冷え冷えとして次第に体温が下がって行くような気がする。

たたんでおいたコートを膝に掛けて冷えるのを防ぐが、そんなことよりも早くこの

教室を脱出したいような気分になる。さほど広くはない会議室で講義を行ってい

るのだが、マイクを持つ手も冷たく、小さな箱型のスピーカーから出る自分の声

がいつも以上に縮こまっているような気がする。

「先生、よく聞こえませんが」

 聴講生のひとりが唐突に言ってのける。うるさい。わたしもいまそう思っていた

ところだ。そんなことは言われなくてもわかっている。だが、彼らにそんなことを言

って事を荒らげる気はない。気を取り直して、エヘンとひとつ咳払いをした。

 わたしはもう長らくこんなことをしている。大学の講師もやっているのだが、それ

だけでは収入にも限りがあるということもあるが、出身者ということで求められて

この文芸館という文化セミナーでも講師をしているのだ。聴講生たちはほとんどが

作家志望ということで、毎回テーマを与えて短い作品を提出させるのだが、所詮

素人。退屈な文章が寄せられてくるので、いったいどうしたものかと思うのだが、

わたしひとりがしゃべるのも辛いので、こうした生徒の作品を講義の素材にして

いるのだ。正直、そうやって講義時間の半分ほどを昇華できるから楽なのだ。

 生徒は自分の作品をどういうつもりで提出しているのかわからないが、何かし

ら講評されたがっているのはわかる。だから何かをいうのだが、とりとめもない

駄作に対して、さほどいうこともなく、わたしは毎回その駄文に書かれている筋

らしきものを解釈するにとどめている。中にはそれすら困難なものもあるが、そ

れでも筋書きをなぞるだけで何かがわかったような気になってくれるだろう。

 わたしだってこんなところで、素人相手に講義等したくはないのだ。自分の作

品を書くという崇高な作業をしていたいのだが、このところあまり筆も進まず、

自分自身の中にこもることが非常に辛くなってきているのも事実。ここで素人相

手に自分の知識を披露している方が楽だし、ある意味、それがストレス解消に

なっているのかもしれない。大学では主に男子生徒が多い一方、この教室に集

まってくる多くは妙齢のご婦人たちだ。彼女たちから先生と言われるのは悪い気

がしない。有名作家作品の筋書きを語り、そこに散見されるネタについていささか

つまみあげる。後半は生徒自身が書いたものについて同じことをしてみせる。そ

んな簡単なことで尊敬の念を示してくれる聴講生が何人かはいる。彼女たちの

視線を受けてさらに話を進める快感。わたしはもしかしたらそのためにだけ、この

教室に来ているのかもしれない。いやいや、彼女たちにそれ以上の何かを求め

気持ちなどはさらさらないが。純粋に文芸について語り、ともに自らを高めていこ

うではないか。そう思わせるだけで、継続してわたしのファンで有り続けてくれる

生徒がいることに、わたしは感謝すらしたい。だが……

 隣の教室はいつも賑やかだ。いつか覗いてみたら、わたしの教室の三倍は広く

それだけの生徒が集まっているようだ。なぜ、そんなに人が集まるのだ……いや

いや、そんなことは考えずにいよう。覗いてなどみなかったことにしよう。しかし、

ざわつく空気の振動は毎回隣室から伝わってきて……。

                                了


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