第六百六十九話 歌うたいの失恋 [文学譚]
僕は歌のお兄さんだ。そう、子供向けの番組なんかで、お姉さんと一緒に歌
ったり踊ったりしているあれ。なんでこの仕事をするようになったかというと、そ
れは、やりたかったから。歌のお兄さんをステップにして、歌手になるんでしょ?
とか言われるけれど、そういう風には考えていない。とにかく歌って踊るのが好
きから、こうやって身体を使いながら、歌いたいんだ。そう、ミュージカルなんか
やりたいと思っている。もちろん、子供も大好きだし。
おかげさまで子供たちには大人気で、お母さんたちにも、イケメンお兄さんな
んて呼ばれて可愛がってもらっているよ。自分ではイケメンかどうかわからない
んだけれども。だって、こう見えて、モテないんですよ。なんでかな。昨日だって
たったひとりのガールフレンドに振られてしまった。ほんとうに久しぶりに出会い
があって、三ヶ月ほど付き合ったんだけれども、突然、ほかに好きな人ができた
なんていうんだね。僕に否があるわけじゃないらしい。実際、僕は嫌われるよう
なことはしていないし。最近の女性は、軽いのかな? すぐに目移りして、恋心
が変わってしまうのかな?
そんなわけで、昨夜から僕は最低な気分なんだ。もう、最悪。落ち込む~!
ほんとはもう何もしたくないんだ。部屋にこもって……一週間くらい……ベッドの
中で泣いて暮らしたいくらい。だって、僕は今でも彼女のことが好きなんだもの。
どうして、なんでこうなるんだろう。僕には女性を見る目がないのかな? ほんと、
最悪! もう、ほっといてくれないか。思い出したら急にまた凹んできたよ。はぁ~
っ。もう、死んでしまいたい……ああーっ……。
え? 出番? はじまるの? わかった。
「さぁー、みんな元気かぁい! 今日もはじめるよお! さぁ、いち、にぃ、さんっ!」
♫(音楽はじまる)
了