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第六百六十話 気分転換 [文学譚]

 煙草が好きというわけではない。最初は、若い時の好奇心。その後は習慣み

いなもの。いまとなっては、本心は不味いと感じているのに、止めてもいいな

思っているのに、なぜだか止められない。その理由はたぶん、暇つぶしであり、

気分転換の材料として喫煙しているということだと思う。

 勤務中は、ほとんど吸わない。社内が禁煙もしくは分煙になってから、席では

吸えなくなったからだ。禁煙だといわれたら、別に苦しくもなく吸わずにいられる。

だが、仕事が一段落したときには、ちょっと席を立ちたくなるし、そんなときには

ふらりと喫煙室に立ち寄って、念のために持ってきた煙草入れの口を開けるのだ。

 シュパッと火を点けて、思索に耽るか、本を持っていたら、短い時間を読書に充

てる。煙草は相変わらずあまり美味しいとは思えない。それでも喫煙室で気分転

換の時間を過ごすには、煙草は格好のアイテムになる。煙草をやらないのにここ

にいたのでは、なんだかおかしいものね。

 ところがいまに至って、喉の調子がおかしくなった。もともと喘息で、喉も弱

い質なのに、煙を吸ってきたことの方が、間違っていたのだけれど。喉に炎症

が起きてる。医師は、ははぁ、赤くなってますね、アレルギーでしょうという

し、なにより煙草がいよいよ不味いと思うようになった。しかし、仕事の合間

に気分転換するという習慣は止めたくない。これは、自分のペースと仕事効率

に関わるものだから。

 煙草を持っていないのに、相変わらずふらりと喫煙室に立ち寄る。おもむろに

ポケットから小さな鉄のトレイを取り出しか、そこにある小さな塊を乗せてラ

イターでシュパッと火を点ける。お香だ。煙がスーッと上がって、好みの香り

が広がる。煙草じゃないから仕事場で火を点けても良さそうなものだが、香り

の好みもさまざまなので、そうもいかない。喫煙室なら、同じように煙を出す

ものだから文句はないだろうと勝手に決めつけて、お香を焚き終わる五分ほど

を、やはり思索や読書の時間に充てるのだ。煙を吸い込むわけではないので、

喉もやられないし、気分は落ち着くし、申し分ない。ところが、しばらくするとや

はり、喫煙室で煙草以外の匂いがするという苦情がきた。社内の衛生委員会

から注意を受けた私は、お香は諦めて、匂いのしない小さな蝋燭に火をつけ

るようになった。蝋燭からはあまり煙は出さないが、その揺れる火を眺めてい

るとなんとなく心が安らぐ。明るい喫煙室の中でさえだ。その炎の横で私は本

を読んだり思索をしたりする。匂いもしないし、煙もない。これで誰か文句を言

うような人が出てきたら、次は部屋に火をつけてやるぞ、そう思っているのだが、

どうだろう。禁煙に苦慮しているあなた、お香または蝋燭、どうですか。

                                                     了


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