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第六百五十四話 青空ヨガ [謎解譚]

 早朝の公園。いつもは遅い時間に愛犬を連れて歩く場所なのだが、日曜のこ

んな時間に来るのははじめてだ。公園管理者によって丁寧に養生された芝生が

広がり、その上に寝転がるのは申し訳ないような気持ちになる。持参したヨガマ

ットを芝生の上に広げて横たわると、久々に晴れ渡った秋が空いっぱいに広が

っている。「ああー! 気持ちいい!」 連れの章子が思わず声を上げている。こ

の公園で早朝ヨガをやっていると知ったのは何ヶ月か前なのだが、日曜日に早

起きするのが億劫で、今日まで延ばし延ばしにしていたのだ。だが、今日はたま

たま早くから目が覚めて、あまりにいい天気なので、ヨガのことを思い出して参加

することにしたのだ。

 ヨガマットを広げているのは二十人を越えている。みんなこの集まりのことをどこ

かで聞きつけてやって来た人々だ。若い女性がほとんどだが、中には男性や中年

のヨガ愛好者もいるようだ。みんなの前でポーズをリードしているのは、早朝ヨガの

主催者でもある男性インストラクターだ。日頃は室内のヨガ教室を主催しているそう

だ。 胡座を組んでで両手で印を結び、開始の挨拶を手はじめに、手足をほぐし、伸

びをし、身体を徐々にほぐしたあと、樹のポーズ、魚のポーズ、猫のポーズなど、

次々とヨガのポーズが展開されていく。小一時間もしていよいよ終盤、太陽礼拝の

ポーズ。青空の下、早朝ヨガにはふさわしいポーズだ。本当に爽やかな気分で身体

を存分に伸ばして、陽光を身体いっぱいに取り込んだような気持ちになる。 どんな

教室でもオーラスは屍のポーズだ。マットの上に仰向けになり、全身を弛緩させる。

目をつぶって屍のように空白となって、いま行ってきた様々な動きを身体の中に染

み込ませていくのだ。これがとても気持ちいい。軽い運動による疲れが指先から抜

けていき、あまりの心地よさに、眠ってしまうことだってある。五分も身体を弛緩させ

ている間、風の音や鳥の声が耳に届く。「さぁ、それでは静かに起き上がって、胡座

を組みましょう」 インストラクターの指示で皆が起き上がって、胡座を組み、両手で

印を結ぶ。「本日も早朝からお疲れさまでした。これで明日からも元気な身体でお仕

事に励めますね。みなさん、ありがとうございました」 皆もありがとうございましたと

言って、一連の早朝ヨガが終わる。二十数人はそれぞれに立ち上がって、マットを

片付け、三々五々立ち去って行く。ところが、隅っこの方でまだ屍のポーズのまま

横たわっている男がいる。ヨガマットも敷かずに。「先生、まだ目覚めない人がいま

すけど」「ああ、その方は最初からそこにいらっしゃいました。たぶん、公園に住ん

でいらっしゃるホームレスの方だと思いますよ」 なぁんだ、そうなんだ。たまたまい

つも早朝ヨガをする場所で眠ってらしたってことなんだなぁ。男は身動きひとつしな

いし、よく見れば呼吸をしている気配もない。そうなんだ、この人は完全に屍のポー

ズを極めているんだな。私はそう納得してその場を立ち去った。

                           了


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