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第六百四十六話 ボディ・ダブル [怪奇譚]

「ああーしまった、またやってしまった」

 新しく買ってきた本を書棚に収めようとして、思わず叫んでしまった。好き

な作家の小説なのだが、前から読もう読もうと思っていたのについ読みそびれ

てしまってたタイトルの本を、ようやく手に入れたのだが、書棚の中に、既に

同じものが一冊入入っていたのだ。そういえば、以前買ったような気がする。

私の悪い癖で、手に入れてしまうとそれだけで安心して読むのを後まわしにし

てしまうのだ。その結果、ついに読むのを忘れてしまう。同じようにして、ダ

ブってしまった本が何冊かある。

 本だけではない。CDも、DVDも、まったく同じようにしてダブらせてしまっ

たものがいくつかある。阿呆か。私はその度に思うのだが、買ったそのときに

ちゃんと読んだり観たりしないからいけないのだ。だが、そうでないものもあ

る。映画などは、一度映画館で観ていて、気に入ったものをDVDで購入したり

するものだから、手に入れたDVDは観ないままおいてある。すると、一年ほど

過ぎてから、同じタイトルが廉価版になっていたり、再編集盤として出ていた

りすると、ああ、これ気に入ったやつだと思ってまた買ってしまう。CDの場合

は、たいていはハードディスクに取り込んでいたりするので、滅多にダブらせな

いはずだが、以前アナログレコードで持ってたアルバムを、デジタル版で新たに

買ったつもりが、既に買っていたということがままあるのだ。

 ほんとうに物覚えが悪いというか、頭が悪いというか。購入したその日に気

がつけば返品も可能だろうけれど、だいたい気がつくのは一週間ほど過ぎてか

らだ。だから、気が向けば誰かにあげてしまったりするのだ。

 こういうことは若い頃からあった。だが、最近は他のものでも同じようなこ

とが起きていることに気がついた。冷蔵庫の野菜室が空っぽになってたよね、

と思ってキャベツをひと玉買って帰ると、野菜室にはすでに大きなキャベツが

入っていたり、そうだ、大根を切らしてたと思って一本買って帰ると、やはり

一本すでに冷蔵庫に横たわっている。ほんとうに馬鹿か? 肉とかだと、冷凍

庫に入れて保存できるのだが、生野菜はそういうわけにもいかず、ダブったも

のを中心に調理して一生懸命に食べる。キャベツだと、スープにしたり、お好

み焼きにしたり、ロールキャベツにして冷凍させといたり。

 こないだは逆のことが起きた。大根がダブったので、ブリ大根を作った。素

材はたっぷりあるわけだから、一人暮らしではあるが、まぁ多めに作っとけば

明日が楽だと思って作り置きする。翌日、今日はブリ大根があったからそれを

夕食にビールでも飲もうと楽しみにしていたのだが、帰って鍋のふたをあける

と、中が空っぽなのだ。ええ? どういうこと? たしか昨日半分食べて、残

りの半分は今日食べようと思ったはずなのだが。

 私は急に不安になった。まさか、なんか若年性なんとかっていう病に冒され

てしまったのだろうか。自分の名前、生年月日、住所、勤務先、それぞれ口に

出して言ってみる。何一つ問題はない。今朝食べたものは? 昨日の昼は? 

うんうん、ちゃんと覚えているぞ。大丈夫。物忘れなんかしていない。私は気

を取り直して、買ってきたビールひと缶を冷蔵庫に入れて、ひとまず風呂に入

ることにした。そろそろ肌寒くなってきたので、風呂で温まると気持ちがいい。

風呂で温まったあと、ぷしゅーっと缶ビールを開けるのがいい。アテは……まぁ、

適当に何かあったはず。ゆっくりと温まってから、身体を拭いて部屋着に着替え

て食卓に戻った。冷蔵庫、冷蔵庫。ビール、ビール! だが、さっき入れたはず

のビールがないのだ。おかしいなと探しまわったがない。ふとキッチン横のゴミ

箱が気になった。見ると、ゴミ箱の上にビールの空き缶がひとつ、へしゃげてお

いてある。私はいつも飲み終わった空き缶はぺしゃんこにしてゴミ箱の上に置く。

それが癖だ。今は飲んでもいない空き缶が同じようにして置いてある。

 ど、どういうこと? 私やはりおかしいの? 風呂場でカシャンと音がした。

だ、誰かいるの? おそるおそる風呂場に戻る。するとバスルームの電気が点い

ている。消したはずなのに。中で水を出す音がする。ポリカーボネイト製の半透

明になったドアの向こうに人影がする。誰なの? 誰かいるの? 私はバスルー

ムの扉を開く。誰もいない。だが気配だけが残っている。いったいこれは? 私

がキッチンに戻ろうとすると、キッチンから「誰?」という声がした。聞き覚え

のある声。そうだ、あれは私の声だ。いったい何が起きている? 廊下に出るの

が怖くなったが、そうも言ってられない。武器の代わりになるものを探すと、洗

面のところに箒があった。置いてある箒を持とうとして取り損ね、カタンと床に

倒してしまった。キッチンでまた声がする。

「だ、誰なの?」

 私は箒を手におそるおそるキッチンに向かう。しかし、そこには誰もいない。

今度は洗面のほうで、カタン! と何かが倒れる音がした。私は怖くなった。

「だ、誰なの?」

 もうひとりいる。私がもうひとりいるのだ。突然そう気がついた私は、もう、

家の中を移動する気になれなかった。同じものを買っていたのは、もうひとり

の私だったのだ。

                      了

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