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第六百六十一話 離婚の理由 [文学譚]

 外を歩けば、リポーターが駆け寄ってくる。質問はどいつもこいつも同じだ。

どうしてなんですか? 新婚当初はあんなに仲睦まじかったのに。男女の仲

に理由なんてあるもんか。好きになる時も、嫌になる時も、明確な理由なん

て、あるケースの方が少ないんじゃないの? 高政縞伸はそう思う。もちろん

表向きは様々な理由を並べ立てられるかもしれない。だが、真の理由なんて、

あるわけがない。あったとしても言えるわけがない。だが、レポーターっていう

人種は、なんとしてでも理由を知りたがるんだなぁ。なんでだ? なんで人の

そういうプライベイトを知りたがる。とにかくオレは嫌だから嫌なんだ。別れた

いから別れたいんだ。世間の人は、そんなにオレたちの離婚が気になるの

か? そんなことを知って何になるのだ? 自分たちの夫婦生活の参考にで

もしようっていうのかい? まさか。そんなわけでもないだろう。

 ただの好奇心。ただの野次馬根性。そんなのに、なんでオレが答えなきゃぁ

いけないんだ? あさってはオレたちの離婚裁判がある。だからこうして取材

の奴らが面白可笑しく世間に広めようと寄ってくる。もう、ほおっておいてくれ。

オレはもう一人になって静かに暮らしたいんだ。

 何? 澪は、妻は、何も離婚しなけりゃぁいけない理由が見つからないと言っ

てるだと? それはそうだろう。オレが一方的に離婚したいわけなんだから。何?

どうしてかって? だから! それは言えない。言えないというか、離婚したいか

らしたいんだとしか言えないんだよ!

     ☆   ☆   ☆

「ではぁ、原告側の、離婚を求める理由を言いなさい」

「……どうしても、言わなければなりませんか、それ?」

「理由がなければ、訴状を取り下げることになりますが。夫婦生活に関するこ

ととか、精神的苦痛だとか、何かあるでしょう」

「いえ、その。これを公にすると、澪に迷惑がかかるのではないかと」

「被告は、理由が見当たらないと言っている以上、あなたが思っている理由を

明確にして差し上げることが大事なのではないですかな?」

「……わ、わかりました。これは、澪のためにも、マスコミには伏せておいてほ

しいんですが……」

「うむ。それはそのように考慮してもらいましょう」

「実は……私の妻には……澪には、臍がないのです」

「何ですと? 臍がない?」

「そうです。臍がないのです」

「なんだ、そんなことか。君、裁判官の立場からではなく、個人的に申すが、

そんなもの、なぜ理由になるのかね? 盲腸の手術だとか、そういうことで

臍を失う人は結構いるぞ。それに気になるのなら、成形手術を受けることだ

ってできる」

「裁判長……何をおっしゃっているんですか? 臍がないんですよ、彼女に

は、生まれつき」

「生まれつき?」

「そうです。生まれつき、臍がない。これがどういうことだかわかりますか?」

「ううむ、どういうことかね?」

「つまり、哺乳類じゃないってことです。もっと言うと、人類じゃない」

「そ、そんな」

「そうとしか考えられないじゃないですか。彼女はたぶん、卵かなんかから生ま

れたのに違いないんです」

 澪には臍がなかった。そんなことは外見ではもちろん、服を脱いでさえしばら

くは気がつかなかった。オレたちは急速に結ばれた。だから、そんなことに気が

つく暇がなかった。さらに結婚してからわかったことは、彼女には臍がないだけ

でなく、子供の時分は親から養分を吸い取り、成人してからは最も親しい相手、

つまり伴侶である雄から養分を吸い取って存続してくという寄生種族なんだ。

突然変異なのか、宇宙から来たのか、それはオレにはわからない。だが、オレ

は、臍のない種族から一生養分を吸い取られて生きていくなんて、我慢できな

んだ! それが離婚の原因なんだ!

 澪にしてみれば、それは生きていくためには当たり前のこと。平然としてい

られるわけだ。だが、そんな生物に寄生する生物と一緒にいられるか?

「へ、臍がない! 臍がないんだ!」

 言っているうちにオレは平静さを失ってしまったようだ。叫びながら二人の

事務官に両脇から抱えられて法廷を後にした。

                              了


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