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第六百六十七話 賢一郎 [日常譚]

 学校で先生があたしの名前を呼ぶ。もうみんな慣れちゃったみたいだけど、

入学してすぐの頃は、先生が出席を取るときに、下の名前まで呼ぶので、あた

しが元気よく「はいっ」って返事をすると、みんなきょときょとしてあたしを

見て、それからクスクスって笑い出してた。

「山田賢一郎くん」

 あたしは「はいっ」って元気よく立ち上がる。女の子はみんな「ちゃん」っ

て呼ばれているのに、なんであたしは「くん」なの? と思いながら。先生も

なんだか不思議そうな顔をしてたっけ。

 最初、あたしはなんで笑われるのかわからなかったけれど、小学校でいろい

ろ勉強しているうちに、なんとなく理由がわかってきた。賢一郎って、男の子

っぽい名前だったのだ。あたしは小さい頃から賢一郎、賢ちゃんって呼ばれて

きたから、そんなことはちっとも知らなかった。どうしてパパやママがあたし

にそんな名前をつけたのかなんて知らないし。

 学校が終わると、家の近い子供たちはみんな一緒になってグループで帰る。

ひとりで帰るのは危なかったりするからだ。あたしたちのグループは、一年生

から六年生まで、九人がいつも一緒だ。その中でもあたしの仲良しさんは、乱

歩(ラブ)ちゃんと愛保(ラブホ)ちゃん。ふたりとも「ラブ」って名前なの

で、ラブちゃんって呼ぶと混乱する。だからラブちゃん、ラブホちゃんってき

ちんと名前で呼んでいる。

「ねぇ、ラブちゃん、今日はラブホんちで遊ぼうよぅ」

 すると、横で聞いていた右翼が口をはさんでくる。

「おめえら、ちゃんと親に言ってから遊べよ!」

 なによ、偉そうに。あ、二年生のこの子は、右翼って書いてライトって読ま

せているんだって。さらに横からは、心太(しんた)が「ぼくもラブホ、いき

タァイ!」と割り込んで来る。八百屋をやっているラブホんちには、心太の大

好物であるところてんが置いているから、何かというと心太は遊びに行きたが

るんだ。

「あれえ!心太おめえ、オレと遊ぶんじゃなかったっけ? 裏切るのなら、も

う遊んでやんねえぞ!」

 心太に怒鳴ったのは五年生の慈代(ジェダイ)だ。慈代と心太、そして陸海

空(よあけ)は同じ五年生同士で、よく宇宙剣ごっこをして遊んでいる。なん

とかソードっていう光る刀の玩具で闘うらしい。だけど、陸海空には妹の愛人

(ラビット)がいて、その面倒を見てやらなければならないから、結局、闘い

続けるのは慈代と心太ということになる。だから、慈代にとって、心太に抜け

られては困るのだ。

「いや、でも、今日はちょっと、ラブホで心太(ところてん)が……」

「なんだよぅ、てめえ!」

「ねぇ、遊女、今日は陸海空たちと一緒に遊んで、愛人の面倒見てやってよぅ」

 遊女というのは、このグループの最年長である六年生の女の子だ。遊女と書い

て「ユメ」と呼ぶ。グループのリーダーであるという自覚があるから、小さな子

たちが困っていると、いつも助けてやらなければならなくなる。

「もう! いつもわたしに無理言ってくるんだから! わたしだって他のクラス

の友達と用事があるのに!」

 まだ一年生の愛人が甘えて遊女に寄りかかる。遊女は、仕方ないわねという顔

をして愛人の手を握る。陸海空は、ほっとした顔で慈代に目配せをしてから、心

太に耳打ちをする。

「心太、おまえ、さっさとラブホんとこ行って、心太を食っちまったら、すぐに

空き地に来いよ。待ってるから」

 心太はわかったという顔をする。

「ねぇ、いいの、ラブホ? 心太くんも行くってよ」

「いいよー。賢一郎は心太に来て欲しいんでしょ? ほんとは心太のこと、好

きなんでしょ?」

 あたしたち子供の名前は、ほんとうにややこしい。親は何を考えてそんな名

前を付けたのだか。世間では私たちみたいな名前をDQNネームだなんて言って

るって噂だけれど、ほんとうなのかしら。

                      了


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