第六百五十九話 朝陽の中で [文学譚]
朝はほとんどみんな同じ時間に目が覚める。家族三人が大きなひとつのベッ
ドで身を寄せ合うようにして眠っているから、誰かひとりが起きだすと、その動き
に眠りを妨げられてほかの者も一緒に目を覚ますのだ。順番に起きだして、トイ
レや洗顔やそれぞれの身支度をした後で、最終的にはキッチンに集まって家族
一緒に朝食をとる。だけどたいていはみんな朝は寝起きが悪く、のそのそと起き
るためにギリギリになっちゃうから、つけっぱなしのテレビで時間を確認しながら、
お母さんがてきぱきと用意してくれたご飯をさくさくっと食べる程度。特にお父さん
は会社までが遠いから、ほんとうに時間がないときには、トーストを口に突っ込ん
だままネクタイを締め、ドタバタしながら先に出かけていく。
その点、お母さんは自転車で行ける近いところで働いているから、少し遅れて
家を出る。手早く食卓を片付け、戸締りを確認してから玄関に向かう。ボクが後
を追うと、優しい声でなだめるように言うのだ。
「お仕事に行ってくるから、今日もお利口さんにして待っててね。お母さん、すぐ
に帰ってくるから、賢くね」
待って、待って、一人にしないで。ボクも連れてって! 僕は玄関先で叫ぶん
だけれども、お母さんは唇に指を当てて、しっ! と言いながら扉を締めて出か
けてしまう。あーあ、今日もまた置いていかれた。もう! 朝のお散歩は今日も
なし! まったく、困った親だね。仕方なく僕は、ベッドのところに、今度は一人
で戻って、二度寝するのだ。ボクって何? ボクって犬。
了