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第六百五十七話 窓際 [文学譚]

「もう少し若い人に任せてやったらどうかね?」
 部長代理がそういった。イベント企画会社の主要クライアントを担当するチ
ームのリーダーであった私は、判断が早いと周囲からは評判で、我ながら仕事
も早く業績にも貢献できていると自負していた。だが、部下の中には私のやり
方に不満を持っている者もいたようだ。サブリーダーである白石という男が、
現場を任せてもらえないからモチベーションが上がらないのだと部長代理に告
げたのだ。企画力を旨とする会社においては、自分で考えた企画案を採用され
てこそ意欲が増すというものなのだが、クライアントの意向を知り尽くしてい
る人間としては、部下たちの安易な発想から生まれた企画で良しといえるもの
はなかなか選択できないでいたのだ。
 だが、私は上司からの忠告を素直に聞き入れた。それまで厳しく保っていた
自分の考えを少し曲げてでも、部下の意見を採用するように改めたのだ。
 そのときから私は、できる限り若い人の発案による企画を採用するようにつ
とめ、むしろ、私自身は意見を控えて彼ら自身に自分たちの企画を選ばせとい
うスタイルに変えたのだった。しかし、自分を抑えて部下の意思を優先すると
いうことは、私にとってストレスをためる原因になった。そうするうちに今度
は自分自身のモチベーションが下がって来ていることに気がついたのだ。やは
り私は現場が好きなのだ。
 一年も過ぎた頃、私に申し付けをした部長代理は転勤でいなくなり、私はそ
の上の室長に呼ばれた。
「君は仕事を部下に任せっきりであまり現場に興味がないそうじゃないか。ま
あ君も、もう充分にやってきたから現場には飽きたのかな? それもよかろう。
ま、そういうことを慮ってだなぁ、そろそろ君はチームから外れてもらっても
いいんじゃないかな」
 私は長年育てて来た業務チームからはずれ、一線を退くことになった。後任
リーダーには後輩の白石君がなった。そして私はいま、日長一日、窓の外を眺
めて過ごしている。私がいままで会社のためにしてきたことは何だったんだろ
うと思いながら。
                         了

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