第八百四十七話 (童話)おらはロボット [妖精譚]
また課長が難しい顔をして呼んでいる。
「おい君。売上が落ちているじゃないか」
そんなことを言われても、こういう時代だから……どの業界も軒並み数字が落ちているんですから。思うけれども口には出せない。人間に口答えなど出来ないのがきまりだもの。
今度は部長がやってきた。
「君たち、新規開拓をしてき給え」
そんなことを言われても、新規開拓なんて、プログラムされていませんし。思うけれども反論なんて出来ない。人間には逆らえないように作られているから。
「はい、かしこまりました。仰せのように」
プログラムされているのはこんな言葉とそれに伴う行動だけだ。
ぎりぎりぎり。
腰のあたりから軋み音を響かせながら約九十度に腰を折る。得意先の前ではこうやって頭を下げて仕事をしてきた。
きぃきぃきぃ。
発注先に対してもやっぱり約九十度に腰を折り曲げてお願いをする。
あっちもこっちも、ぎりぎりぎり、きぃきぃきぃ。働くってこういうことなのだ。
おらだって、生まれたてのときには銀色に輝いて、腰からも、首からも、腕からも、軋み音なんてしなかった。新品ぴかぴかのからだで、いろんなことを憶えていった。言葉や数字や化学記号。漢字や英語や歴史年表。方程式や化学記号や元素記号。憶える度に賢くなって、処理速度も上がっていった。その頃は課長も部長もいなかったし、新規開拓もなかったので、元気いっぱい自分の成長だけに集中できたのだった。
二十年くらいはぴかぴかしたまま成長し続けてきたはずなのだけれども、そこからあとは、たぶん経年変化と蓄積摩耗と金属疲労でからだのあちこちが古く痛み続けている。金輪際使いたくない言葉だけれども、頭脳も骨格も表皮も、おらのからだのすべてが劣化し続けている。このままだと、錆び付いて動けなくなる日も近いのかもしれない。もしかしたら、錆び付く前に壊れてしまってスクラップに回されてしまうかもしれない。膨らむ不安。重なるストレス。おらのプログラムにはなかったはずの情緒不安定な因数が増えていく。このままではいけない、このままでは。
おらの頭の中で赤いシグナルが点滅しはじめた頃、テレビのニュースから新しい情報をインプットした。東日本大震災から二年も過ぎたというのに、あの発電所はいまだに復旧出来ない状態であることを。そしてその難局を打破するためにロボット工学が力になろうとしていることを。
おらはロボット。人間の生活を豊かにするために、世の中にもっと良い世界をもたらすために、おらはこの世に生まれてきた。人間が出来ないことをロボットが行う。ロボットは人間よりも優れた能力を発揮する。人間が行けない場所でもロボットなら行ける。
おらはロボット。もうスクラップになる日も近いけれど、もう一度、スクラップになる前に、おらはロボットとして人間の役に立ちたいのだ。
ぎりぎりぎり。
きぃきぃきぃ。ぷっしゅぅ。
おらはからだのあちこちを軋ませながら、被災地のそのまた奥の発電所に向かって、今世最後の旅へと出発した。
了