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第八百四十六話 (童話)星をつくもの [妖精譚]

 大きな目をくりくりとさせて走りまわっている。

目覚太郎は可愛い元気な男の子。

 好奇心が旺盛で、世の中のどんなことでも知りたいと思う子供でした。

 やがて青年になった太郎は、もっと広い世界を見たいと考えてひとり旅に出たのでした。生まれてはじめて村を出てしばらく歩いて行きますと、とても広い草原に出ました。ひんやりと気持ちのいい風が渡る青々とした草の絨毯を踏んでどんどん歩いて行きますと、ちょうど真ん中あたりで一人のおじさんと出会いました。

 おじさんの背はそれほど高くはなく、あるべきところに顔がありません。よく見ると逆さまに立っているのです。ひと一倍大きな掌を地面につけてうんうん言いながら逆立ちしているのでした。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして逆立ちをしているのですか?」

 太郎が聞きますと、おじさんはやはりうんうん言いながら答えました。

「くーっ。わしがここで押さえておかないとな、地面が浮き上がってしまうかもしれんじゃろ。だからこうやって一生懸命に押さえておるのだ。うんうん、うんうん」

「そうなんですか。それはご苦労さま。いいお仕事をされてるんですね」

 太郎は不思議に思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

 草原を抜けると山麓に出たのですが、山の裾野で両手を山肌に当てて一生懸命に押している腕っ節の太い屈強な男に出会いました。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして山に両手をついているのですか?」

 太郎が聞きますと、男は力を緩めることなく答えました。

「ぐぅーっ。わたしがこの山を押しておかないとな、山崩れが起きてしまうかもしれんのだ。だからこうやって一生懸命に押しておるのだよ」

「そうなんですか。それはご苦労さま。がんばってらっしゃるんですね」

 太郎は変なひとだと思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

 どんどん歩いて山を通り抜けて行くと、頂上あたりは広い台地になっていました。その真ん中にはひょろ長い男が両手を上げて立っていました。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして万歳をしているのですか?」

 太郎が聞きますと、ひょろ長い男は両手を上げたままで答えました。

「ううーっ。ぼくがここでこうして天を支えておかないと、空が落ちてくるかもしれないんだ。だからこうやって一生懸命に天を支えているのです」

「そうなんですか。それはご苦労さま。それはたいへんなお仕事をされていますね」

 太郎は奇妙に思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

山を越えてさらに歩いていくと、今度は海に出ました。海岸線に立って、ざぶーんざぶーんと打ち返してくる波を眺めていますと、波打ち際のあたりで両手と両足を大きく広げて海面にぷかぷか浮いている幅の広い体をしたお姉さんに気がつきました。

「もしもし、こんにちは。海の上でぷかぷか浮いているのは、気持ちよさそうですね」

 太郎が言いますと、お姉さんは水の中から顔だけを持ち上げて答えました。

「ぷふぅ。わたしが遊んでいるとでも思うのですか? わたしは海面を押さえているのですよ。ここで海を止めておかないと、海水が蒸発してなくなってしまうかもしれないのです。だからこうやって一生懸命に海面を押さえているのよ。ざぶぅん」

「そうなんですか。それはご苦労さま。勘違いしてすみませんでした」

 太郎は面白いなと思いながらそう声をかけて先を急ぎました。

 海岸に沿って歩いて行くうちに日が暮れてきてあたりはすっかり暗くなってきました。見上げると満天の星空です。手に取れそうな数々の宝石を数えながら歩いていると、長い棒を空に向けて突いているお兄さんを見つけました。

「もしもし、こんばんは。こんなところでそんなに長い棒を持って何をしているのですか?」

 太郎が聞きますと、お兄さんは長い棒を突き上げながら答えました。

「よいしょっ。こうしてこの長い棒で空いっぱいに散らばった星をひとつずつ押していかないと、たくさんの星が落ちてしまうかもしれないんだ。だからこうして長い棒で星が落ちてこないように突き上げているんだわ。よいしょっ」

「そうなんですか。それはご苦労さま。素敵なお仕事をされてるんですね」

 太郎は楽しい気持ちになりながらそう声をかけて先を急ぎました。

 しばらく歩いていますと、町の入口のところで美しい歌声を響かせている男がいました。

ららら

歌はこの世を素敵にするのさ~

だから

歌い続けるみんなのために~

ぼくら

歌があるから生きていける~

ららら

歌と一緒に生きていく~

 

静まり返った空気の中に染み込んでいく歌声の邪魔をしないように、太郎は小声で訊ねました。

 「もしもし、こんばんは。素晴らしい歌ですね。いつもここで歌っているのですか?」

 美声の男は歌いながら答えました。

「ららら~ぼくが歌い続けていなければぁ~世の中から歌がなくなってしまうかもしれない~だから~こうしてぼくは~いつまでもいつまでも歌い続けているのさ~ららら~」

「そうなんですか。それはご苦労さま。大事なお仕事をされてるんですね」

 何人ものひとと出会って、みんな立派な役割を持って働いているのだなぁと気がついた太郎は、はて自分は何をするべきなのだろうと考えてしまいました。

大きな手で地面を押さえるおじさん。

屈強の腕で山を押さえる男。

ひょろ長い腕で点を支える男。

幅広い体で海を止めているお姉さん。

長い棒で星を突いているお兄さん。

美しい声で歌い続ける男。

虹色の空も、蒼い大地も、銀色の海も、いろいろなものをいっぱい見てきたけれども、自分自身が見えない。ぼくに出来ることなんて、何もないなぁ。自分に取り柄がないと思っている太郎はがっかりしてしました。がっかりしすぎて涙が滲んできました。その涙が大きな目の前に溜まってひと粒のレンズになったとき、太郎の目の前はいっそう明るく輝きました。そうか。そうだった。

太郎は大きな眼をいっそう大きく見開いて輝く地球を見ます。大きな眼をくりくり回して眩しい世の中を探します。大きな目をぱちぱち瞬いて人々の笑顔を見つけます。世界が美しさを忘れてしまわないように。人々が感謝と喜びを失わないように。この世からしあわせが消えてしまわないように。

                      了


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