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第八百三十二話 未確認思考生物 [文学譚]

 最初は死んでいるのかと思った。そいつはとても静かに眠っているのだ。先にフサがついた棒で鼻先に触れてみる。するとグブというような奇妙な音を出して少し身動きした。耳を澄ますとぴーひゅーと風のような寝息が聞こえた。腹のあたりが機械的に上下しているので、やはりちゃんと生きているのだ。

 そのうちむっくりと起き出してブォウと一声上げて水飲み場へと動いた。こいつは渇きを感じたときと腹が減ったとき、眠りを妨げられたとき、何かが欲しいときには、声を出して要求するのだ。通常はほとんど声をあげないのでわからないのだが、少なくとも一次欲求に関しては何かしら意思があるのだ。しかしそれ以外はいったい何を考えているのだかわからない。ただそこに居るだけ。そもそも思考という概念があるのだろうかと疑いたくなる。思考がわからない、思考の存在すら感じない。

 存在が確認できていない飛行物を未確認飛行物体と呼ぶように、目撃情報ばかりで実際には捕獲されていない生物を未確認生物と言うように、私はこいつに未確認思考生物と名前をつけた。存在していることは確かだが、何を考えているのかわからないからだ。ジャングルに棲んでいるわけでも、山奥にいるわけでもないこの生物をそんな奇妙な名前で呼ぶことはないだろうと思うだろうが、そう呼びたくなるほど思考が読めないのだから困るのだ。

 ここまで読んだあなたは、なぁんだ飼い犬のことじゃないか、大げさな書き方をしやがって。そう思ったことだろうがそれは間違っている。犬ならもう少しわかりやすいし、単純だ。餌を与えれば喜んで尻尾を振るし、叱られたら尻尾を下げて辛そうにしている。だが、この生物は食べ物を与えても無表情に食べるだけだし、叱りつけるとこれまた無表情なまま姿を隠してしまう。多分あいつもまた私のことを同じように思っていることだろうが。

 まったく困ったものだ。家の中にこんな生物がいるなんて。しかし、倦怠期を迎えた夫婦ってどこでもこんなものなのだろうか。棚の上から物知り顔で優雅に我々を眺めている猫の方が、まだ何を考えているのかわかりやすいのかもしれないなぁと、でっぷりと太った体を横たえて再び眠りはじめた老妻の姿を眺めながら私はため息をついた。

                           了


読んだよ!オモロー(^o^)(1)  感想(0)  トラックバック(0) 
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