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第八百四十四話 (童話)犬は猫になれない [妖精譚]

 

 食いしん坊で、慌てん坊で、甘えん坊。

 それなのに家族の中で自分が一番エライと思っている。

 ワイヤーフォックステリアのソラリはそんな男の子です。

 お母さんが台所に立つと、必ず足元のところに来てなにかを待っています。

 とんとんとん、とんとんとん。

 お母さんがまな板の上でなにを切っているのか見えないけれども、

 なにかの表紙にぽーんと弾けて落ちて来るのを待っているのです。

 ぽーん。

 やった! あっ。キャベツだ。

 ぽーん。

 あ、今度はイモだ。

 誰よりも早く、落ちてきたモノに飛びついて口に入れてしまいます。

 まな板から落ちたらソラリのおやつなんだと、お母さんももう諦めています。

 お散歩をしているときだって、ソラリはいつもそわそわしながら歩いています。

 鼻先を下げて道のニオイをくんくん。

 なにか美味しいものが落ちていないかな。

 そんなことばかり考えながら歩いているのです。

 あっ。お菓子が落ちてる!

 白いマシュマロのような塊を見つけたソラリは

 誰よりも早くそれに飛びついてくわえ込みます。

 がりり。

 痛い! それは白い石でした。ソラリはほんとうに慌てん坊です。

 こんなソラリのことを、お母さんは可愛くてしかたがありません。

 それにソラリもお母さんが大好きです。

 いつもお母さんの後ろを追いかけて、足元にすり寄ります。

 お母さんがお出かけするときには、わうわう、まってまってと大騒ぎ。

 そんなソラリをタンスの上から見下ろしてるのが

 この家に三年前から住んでいる猫のカトウとヤマダです。

 カトウは白地に黒い模様が入った牛柄の毛皮を着た女の子。

 ヤマダは全身真っ黒な男の子です。

 ほらご覧。またソラリが甘えているにゃあ。

 あーらら。やかましいこと。あんなに吠えなくてもいいのに。

 お母さんは、お買い物済んだらすぐに戻ってくるのに。

 カトウとヤマダのふたりは、いつもこうして高いところからソラリの様子を伺っているのです。

 お母さんを玄関で見送ったソラリは、部屋に戻ってカトウとヤマダを見上げて睨みつけます。

「なんだよぅ。僕は吠えるのが仕事なんだよ」

 必死で吠えているところをふたりに見られたのが少し恥ずかしいのです。

 それに……ほんとうはふたりがうらやましくもあるのです。

 僕もあの高いところから世界を見下ろしたい。

 高みにいるカトウとヤマダを見るたびにそう思うのです。

 それに、あのふたりは実に要領がいい。

 好きなときにお母さんにすり寄って甘え、それに飽きたらすっと姿を隠す。

 ご飯だって、ソラリは決められた時間にバクバクっと食べて終わりだけれど、

 ふたりはいつでも好きなときに好きなだけ食べられるようにセットされているんだ。

 どうして犬と猫の境遇が違うのか、ソラリにはよくわからないけれども、そうなんだ。

 カトウとヤマダは、暖かい出窓のところも大好きで、いつもそこで日向ぼっこ。

 タンスの上は無理だけれども、あそこなら上がれそう。

 そう思って飛び上がろうとしてみるが、ソラリには猫のようなジャンプ力はない。

 くやしいなぁ。

 出窓の下でくぅんくぅんと鳴いていると、お母さんが気づいて踏み台の椅子を置いてくれたので、やっとふたりのところによじ登ることができるようになった。

 ふたりのいるところにやっと上がったら、カトウは、ぽおんとジャンプして離れたテーブルづたいにもっと高い書棚の上に飛び移った。

 同じようにジャンプしたヤマダは、カーテンに爪を立ててよじ登っていった。

 あっ。いじわる。でもいいなぁ、あの身の軽さ。

 それにあの爪と来たら……

 自由に爪が伸びて、あんなことができるんだものなぁ。

 ソラリはむき出しになったままの自分の大きな爪を悲しそうに見つめた。

 この家では一番エライと思っているソラリなのだけれども、

 身軽で格好よくジャンプして、いつも高いところからクールに見下ろしているカトウとヤマダを見上げているうちに、自分も猫だったらよかったのにと思うようになった。

 好きなときに食べて、好きなときに甘えて、家の中を自由にしているあのふたり。

 ソラリは、ヤマダの真似をしてカーテンにしがみついてみた。

 ずるずる。

 ちっとも爪がひっかかりやしない。

 カトウの真似をしてにゃおうと鳴いてみた。

 くぅおう。

「あらまぁ、なぁに、そのおかしな鳴き声は」

 お母さんはソラリの眼を見て笑っている。

 いつの間にか帰ってきてたお母さんに妙な声を聞かれてしまった。

 恥ずかしさにまた声が出てしまうソラリ。

 ふぅん。

「そっか。ソラリもあの本棚の上に行きたいの? あのカーテンにしがみつきたいの?」

 恥ずかしい。お母さんにはお見通し。

 夕方のお散歩に連れて行ってもらいながら、ソラリは一瞬でも猫になりたいと思ってしまったことを少し恥じた。僕は僕。犬は犬。それでいいんだ。

 なんで猫になりたいなんて思ったんだろう。猫だからできること、猫にしかできないことがあるように、犬だからできること、犬にしかできないことだって、きっとあるんだから。

お母さんの歩調に合わせて歩きながら思った。

でも。でも……。

僕にしかできないことってなんだろう。そんなものあるのかな?

  少し不安になった。

頭の中に浮かんだカトウとヤマダの凛々しい姿を払いのけるように、ソラリは全身をぶるぶるっと震わせた。

                                   了


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