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第八百四十話 タケノコ [文学譚]

 毎年この季節になると、タケノコを掘り出さねばならない。 こう言うと「まぁ旬のものを掘るなんて、いいね。とれたては美味いよね」などと言うひとがいるのだが、うちの場合はそんな優雅な話ではない。

 隣の屋敷には広い庭があって、うちとの境のところに竹林があるのだ。昔は林というほどではなかったのだが、いつの間にか本数を増やし、気がつけば境界線を越えてうちの小さな庭にまでタケノコが生えてくるようになった。

  タケノコは本来、土地の所有者のものなのだが、境界線を超えて生えてきた分は、こちらのものとして採取できる。だから最初の頃は儲けたなぁと思いながらこ ちらに顔を出したタケノコを掘って食べていた。つい掘り忘れてしまって背が高くなってしまったタケノコはもう堅くなってしまって美味しくないのだが、早い うちに、地面からほんの少し顔を出したくらいに掘り出したものは、とても柔らかくて炊いても焼いても刺身でも美味い。

 だが、これはありが たいと思っていたのは最初のうちだけで、数年後には、毎年毎年嫌が応にも生えてくるタケノコに閉口するようになってきた。忙しい年でも掘り出しておかない と、こちらにも竹の林ができてしまうからだ。最初は楽しみに思っていても、それが義務となってしまうと負担になる。あるとき、ええい面倒くさいと放置して いたら、ほんの数年でこちら側にも竹林ができてしまった。まぁ仕方がないなとさらに放置していたら、ある時気がつくと庭に面した和室の畳を破って竹が伸び てきてしまった。

 それからというもの、和室に生えてくる竹を掘り出さなければならなくなった。そうしないと家を竹に乗っ取られてしまうではないか。これはもう義務どころではなく、完全に仕事になってしまった。

今 年になって畳をめくってみて驚いた。いつものように、板を破って顔を出しているタケノコがいくつかあったが、そのどれもが着物を着ているのだ。そんな馬鹿 なと思うだろうが、あの茶色い竹の皮に色とりどりの柄がついていて、着物のようになっているのだ。その先に伸びているタケノコの先の部分には顔までついて いて、にっこり笑っている。和室に伸びる竹は、こんな風に進化するものなのだろうか。こいつを掘り出したものかどうか迷っていると、伸びたタケノコのひと つが微笑みながら口を開いた。

「おはようさんどす。どうぞ、私をお掘りやす。おいしおまっせ」

 驚いた私が思わず「なんだ、何者だお前は?」と言うと、

「ああら、知りはらしませんの? そうどすなぁ、お初にお目にかかりやす。私、かぐやと申します。しばらくお世話になります」

 かぐや……かぐや姫とは、竹の中から生まれたのではなく、こうした形で生まれるものなのだ。ということは、私は竹取の翁ということなのか?

 こうして私はかぐやを育てることになったのだが、これが後に竹取物語と呼ばれる話の発端になろうとは、まだこのときにはわかっていなかった。

                              了


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