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第八百四十五話 (童話)空を飛べないアヒル [文学譚]

 

アヒルのガアガは、空を眺めるのが大好きだった。

藁の上でごろごろするのも好きだけど、

野草をぱくぱくついばむのも好きだけど、

どろんこをつついて虫を探すのも好きだけど、

お庭の隅に置いてある小屋の上に飛び乗って

ひなが一日、真っ青に輝く空を眺めていると

とてもしあわせな気持ちになるんだ。

どうして空が好きなんだろう。

どこまでも広がっていくあの青空が、

とても懐かしいような気がするんだ。

きっとあそこがふるさとなんだ。

僕らはあそこからやってきたのに違いない。

空を飛べたら、宙に浮かぶことができるなら、

宇宙に向かって羽ばたけたら。

きっともっと、しあわせは大きく広く

どこまでも広がっていくに違いないのに。

僕にだって立派な羽根はある。

羽ばたく姿をみせようか?

羽ばたくことはできるのだけど、

ばたばた、ばたばた。

いくら一生懸命に羽根を動かしても体は宙に浮いてくれない。

小屋の屋根めがけて力任せに飛び上がるのが精一杯。

ばたばた、じたばた。

体が重すぎるんだね。

お腹が大きすぎるんだね。

それでも僕は飛んでみたい。

昔、アヒルのご先祖様は空を飛んでいたという。

極寒の国から飛んできて、ひと冬過ぎたらまた帰っていく、

そんな優雅な姿を大空に描いていたんだ。

そうなんだ、ぼくらは冬に渡る鴨の仲間なんだもの。

リーダー鳥を先頭に、「く」の字を描いて空を渡る

あの雄々しき渡り鳥の姿。

僕はあのリーダーになりたかった。

じたばた、じたばた。

羽ばたく練習はずっと前から。

じたばた、じたばた。

いつか空飛ぶものになるために。

だけど地での暮らしが長すぎたのか、

空との距離がありすぎるのか、

ちっとも体は浮いてくれない。

どたばた、どたばた。

地球はあっという間に一回転して、

天空はあっという間に季節を変えて、

僕らは歳をとっていく。

 子供は大人になっていく。

大人は老人になっていく。

死んだジイジがいつか言っていた。

なぁ、ガアガ。

そうやって羽ばたく練習を続けるのも良いじゃろう。

そうやって運命に逆らってみるのも悪くない。

羽ばたこうとしているのはお前だけじゃが、

一生懸命なのはお前だけじゃない。

みんな懸命にいまを生きているんじゃ。

それでええ。それでええ。

時間をなにに費やそうが、

心をなにに奪われようが、

いつかかならず、みんなかならず、

みんな空に浮かんでいくのじゃ。

最後にはみんな空を飛べるんじゃ。

予言通り、ジイジは空に飛び立った。

羽ばたく練習もしていなかったのに。

空飛ぶ夢も見ていなかったのに。

ガアガは見た。

ジイジの魂が、大空めがけて浮き上がるのを。

天空で光になって飛び去るのを。

ガアガは空が大好きだった。

いつかは飛べると信じていた。

先祖が暮らしたふるさとへ、

ジイジが待っている天空へ、

羽根を広げて飛び去るその日を

ガアガはいまでも夢見ている。

ガアガはずっと夢見ている。

                      了


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