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第八百三十七話 怒声人 [文学譚]

 九州にもガラの悪い町はある。たとえば北九州の中間という町のロイヤルホストで、わたしは人相の悪い男たちがテーブルを血だらけにして指を詰めている光景に遭遇したことがある。

 だから恐ろしいと聞かされていた大阪にやって来たときにも、少々のことでは驚かないと思っていた。ところが。

「なんやねん、ワレ、なにさらしてけつかんねん」

 いきなり繁華街の真ん中で野太い男の怒鳴り声が聞こえた。

「なんやねんとはなんやねん。なにしとんねんはそっちやろ」

 どうやら二人の男はすれ違いざまに肩がぶつかったらしい。延々続く怒声の場を、人々が遠巻きに見ながら通り過ぎていく。

ええかげんにさらせや、あんたがぶち当たってきたんとちゃうんかい。

 なにを言うねん、そらそっちやろが。俺の肩にヒビ入ったやんけ。

 なんやと、ほんならそっちの肩もいてもたろか。

 おもろいやないか、よぉ言うたな。ほなこっちはどたまカチ割ったるで。

  よくもまぁ次から次へとガラの悪い言葉が繰り出されるものだと思う反面、まるで意味のない脅し文句は、よく聞いていると滑稽以外のなにものでもない。まる でゴリラが体の大きさを誇示し合っているような感じ。なのに、お互いに一歩も引かないぞと息巻く本気な姿を誰も止めることができない。

 私はこれが大阪という町の活気の根源に違いないと思った。だが、連れあいにその話をすると、あっさり否定されてしまった。

「今どきそんなおっさんは滅多におらへんおらへん。そんなやつ珍しいで」

 大阪生まれの彼は涼しい顔をして言うのだった。

                    了


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