第八百三十八話 大阪もん [文学譚]
大阪からやって来たというその男は、文太がいつもきまって座るカウンター席に陣取って我が物顔で吞み処マツの小さな店全体に聞かせるかのように浪花の自慢話
を吹聴していた。後から店に入った文太は仕方なくひとつ空けた並びの席に座ってビールを注文した。店主のマツジはいささか困惑気味な面持ちで常連客の文太
に軽くウィンクしながら、あいよと言って奥に引っ込んだ。聞き手が一人増えたことに気を良くしたのか、大阪の男はボリュームを一段上げて、大阪は日本の中
心であるだの、大阪はすでに第一の都であるだの、面白い情報はすべて大阪から発信されているだの、根拠のない自慢を垂れ流し続けている。
「博多の食いもんは旨いと聞いていたが、大阪人の舌は厳しいで。そやけどこの店はまた来てやってもええかな」
褒めてるのだか貶しているのだか、酔っぱらい親父の訳の分からない戯言だが、その言い方が気に入らない。
「こんなアホみたいな店でもええ味やったらまぁ許せるわな」
黙って聞いていたがアホという言葉に文太はいきなりキレた。
「あんたなんば言うとうとか。大阪ばそげんエライとか」
俄に立ち上がって怒鳴りだした文太。にまにま笑いを貼り付けて見返している男の顔が一層文太の怒りを逆なでした。
「きさん! マツジに謝れ!」
言いながら男の胸ぐらを掴んだ文太の顔に、いきなり水がぶっかけられた。空のグラスを持ったマツジは、酔っぱらいの喧嘩も犬のそれも納め方は同じだと考えているのだった。
了