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第八百四十七話 (童話)おらはロボット [妖精譚]

 また課長が難しい顔をして呼んでいる。

「おい君。売上が落ちているじゃないか」

 そんなことを言われても、こういう時代だから……どの業界も軒並み数字が落ちているんですから。思うけれども口には出せない。人間に口答えなど出来ないのがきまりだもの。

今度は部長がやってきた。

「君たち、新規開拓をしてき給え」

 そんなことを言われても、新規開拓なんて、プログラムされていませんし。思うけれども反論なんて出来ない。人間には逆らえないように作られているから。

「はい、かしこまりました。仰せのように」

 プログラムされているのはこんな言葉とそれに伴う行動だけだ。

 ぎりぎりぎり。

 腰のあたりから軋み音を響かせながら約九十度に腰を折る。得意先の前ではこうやって頭を下げて仕事をしてきた。

 きぃきぃきぃ。

 発注先に対してもやっぱり約九十度に腰を折り曲げてお願いをする。

 あっちもこっちも、ぎりぎりぎり、きぃきぃきぃ。働くってこういうことなのだ。

 おらだって、生まれたてのときには銀色に輝いて、腰からも、首からも、腕からも、軋み音なんてしなかった。新品ぴかぴかのからだで、いろんなことを憶えていった。言葉や数字や化学記号。漢字や英語や歴史年表。方程式や化学記号や元素記号。憶える度に賢くなって、処理速度も上がっていった。その頃は課長も部長もいなかったし、新規開拓もなかったので、元気いっぱい自分の成長だけに集中できたのだった。

 二十年くらいはぴかぴかしたまま成長し続けてきたはずなのだけれども、そこからあとは、たぶん経年変化と蓄積摩耗と金属疲労でからだのあちこちが古く痛み続けている。金輪際使いたくない言葉だけれども、頭脳も骨格も表皮も、おらのからだのすべてが劣化し続けている。このままだと、錆び付いて動けなくなる日も近いのかもしれない。もしかしたら、錆び付く前に壊れてしまってスクラップに回されてしまうかもしれない。膨らむ不安。重なるストレス。おらのプログラムにはなかったはずの情緒不安定な因数が増えていく。このままではいけない、このままでは。

 おらの頭の中で赤いシグナルが点滅しはじめた頃、テレビのニュースから新しい情報をインプットした。東日本大震災から二年も過ぎたというのに、あの発電所はいまだに復旧出来ない状態であることを。そしてその難局を打破するためにロボット工学が力になろうとしていることを。

 おらはロボット。人間の生活を豊かにするために、世の中にもっと良い世界をもたらすために、おらはこの世に生まれてきた。人間が出来ないことをロボットが行う。ロボットは人間よりも優れた能力を発揮する。人間が行けない場所でもロボットなら行ける。

おらはロボット。もうスクラップになる日も近いけれど、もう一度、スクラップになる前に、おらはロボットとして人間の役に立ちたいのだ。

ぎりぎりぎり。

きぃきぃきぃ。ぷっしゅぅ。

おらはからだのあちこちを軋ませながら、被災地のそのまた奥の発電所に向かって、今世最後の旅へと出発した。

                      了


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第八百四十六話 (童話)星をつくもの [妖精譚]

 大きな目をくりくりとさせて走りまわっている。

目覚太郎は可愛い元気な男の子。

 好奇心が旺盛で、世の中のどんなことでも知りたいと思う子供でした。

 やがて青年になった太郎は、もっと広い世界を見たいと考えてひとり旅に出たのでした。生まれてはじめて村を出てしばらく歩いて行きますと、とても広い草原に出ました。ひんやりと気持ちのいい風が渡る青々とした草の絨毯を踏んでどんどん歩いて行きますと、ちょうど真ん中あたりで一人のおじさんと出会いました。

 おじさんの背はそれほど高くはなく、あるべきところに顔がありません。よく見ると逆さまに立っているのです。ひと一倍大きな掌を地面につけてうんうん言いながら逆立ちしているのでした。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして逆立ちをしているのですか?」

 太郎が聞きますと、おじさんはやはりうんうん言いながら答えました。

「くーっ。わしがここで押さえておかないとな、地面が浮き上がってしまうかもしれんじゃろ。だからこうやって一生懸命に押さえておるのだ。うんうん、うんうん」

「そうなんですか。それはご苦労さま。いいお仕事をされてるんですね」

 太郎は不思議に思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

 草原を抜けると山麓に出たのですが、山の裾野で両手を山肌に当てて一生懸命に押している腕っ節の太い屈強な男に出会いました。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして山に両手をついているのですか?」

 太郎が聞きますと、男は力を緩めることなく答えました。

「ぐぅーっ。わたしがこの山を押しておかないとな、山崩れが起きてしまうかもしれんのだ。だからこうやって一生懸命に押しておるのだよ」

「そうなんですか。それはご苦労さま。がんばってらっしゃるんですね」

 太郎は変なひとだと思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

 どんどん歩いて山を通り抜けて行くと、頂上あたりは広い台地になっていました。その真ん中にはひょろ長い男が両手を上げて立っていました。

「もしもし、こんにちは。こんなところでどうして万歳をしているのですか?」

 太郎が聞きますと、ひょろ長い男は両手を上げたままで答えました。

「ううーっ。ぼくがここでこうして天を支えておかないと、空が落ちてくるかもしれないんだ。だからこうやって一生懸命に天を支えているのです」

「そうなんですか。それはご苦労さま。それはたいへんなお仕事をされていますね」

 太郎は奇妙に思いながらもそう声をかけて先を急ぎました。

山を越えてさらに歩いていくと、今度は海に出ました。海岸線に立って、ざぶーんざぶーんと打ち返してくる波を眺めていますと、波打ち際のあたりで両手と両足を大きく広げて海面にぷかぷか浮いている幅の広い体をしたお姉さんに気がつきました。

「もしもし、こんにちは。海の上でぷかぷか浮いているのは、気持ちよさそうですね」

 太郎が言いますと、お姉さんは水の中から顔だけを持ち上げて答えました。

「ぷふぅ。わたしが遊んでいるとでも思うのですか? わたしは海面を押さえているのですよ。ここで海を止めておかないと、海水が蒸発してなくなってしまうかもしれないのです。だからこうやって一生懸命に海面を押さえているのよ。ざぶぅん」

「そうなんですか。それはご苦労さま。勘違いしてすみませんでした」

 太郎は面白いなと思いながらそう声をかけて先を急ぎました。

 海岸に沿って歩いて行くうちに日が暮れてきてあたりはすっかり暗くなってきました。見上げると満天の星空です。手に取れそうな数々の宝石を数えながら歩いていると、長い棒を空に向けて突いているお兄さんを見つけました。

「もしもし、こんばんは。こんなところでそんなに長い棒を持って何をしているのですか?」

 太郎が聞きますと、お兄さんは長い棒を突き上げながら答えました。

「よいしょっ。こうしてこの長い棒で空いっぱいに散らばった星をひとつずつ押していかないと、たくさんの星が落ちてしまうかもしれないんだ。だからこうして長い棒で星が落ちてこないように突き上げているんだわ。よいしょっ」

「そうなんですか。それはご苦労さま。素敵なお仕事をされてるんですね」

 太郎は楽しい気持ちになりながらそう声をかけて先を急ぎました。

 しばらく歩いていますと、町の入口のところで美しい歌声を響かせている男がいました。

ららら

歌はこの世を素敵にするのさ~

だから

歌い続けるみんなのために~

ぼくら

歌があるから生きていける~

ららら

歌と一緒に生きていく~

 

静まり返った空気の中に染み込んでいく歌声の邪魔をしないように、太郎は小声で訊ねました。

 「もしもし、こんばんは。素晴らしい歌ですね。いつもここで歌っているのですか?」

 美声の男は歌いながら答えました。

「ららら~ぼくが歌い続けていなければぁ~世の中から歌がなくなってしまうかもしれない~だから~こうしてぼくは~いつまでもいつまでも歌い続けているのさ~ららら~」

「そうなんですか。それはご苦労さま。大事なお仕事をされてるんですね」

 何人ものひとと出会って、みんな立派な役割を持って働いているのだなぁと気がついた太郎は、はて自分は何をするべきなのだろうと考えてしまいました。

大きな手で地面を押さえるおじさん。

屈強の腕で山を押さえる男。

ひょろ長い腕で点を支える男。

幅広い体で海を止めているお姉さん。

長い棒で星を突いているお兄さん。

美しい声で歌い続ける男。

虹色の空も、蒼い大地も、銀色の海も、いろいろなものをいっぱい見てきたけれども、自分自身が見えない。ぼくに出来ることなんて、何もないなぁ。自分に取り柄がないと思っている太郎はがっかりしてしました。がっかりしすぎて涙が滲んできました。その涙が大きな目の前に溜まってひと粒のレンズになったとき、太郎の目の前はいっそう明るく輝きました。そうか。そうだった。

太郎は大きな眼をいっそう大きく見開いて輝く地球を見ます。大きな眼をくりくり回して眩しい世の中を探します。大きな目をぱちぱち瞬いて人々の笑顔を見つけます。世界が美しさを忘れてしまわないように。人々が感謝と喜びを失わないように。この世からしあわせが消えてしまわないように。

                      了


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第八百四十五話 (童話)空を飛べないアヒル [文学譚]

 

アヒルのガアガは、空を眺めるのが大好きだった。

藁の上でごろごろするのも好きだけど、

野草をぱくぱくついばむのも好きだけど、

どろんこをつついて虫を探すのも好きだけど、

お庭の隅に置いてある小屋の上に飛び乗って

ひなが一日、真っ青に輝く空を眺めていると

とてもしあわせな気持ちになるんだ。

どうして空が好きなんだろう。

どこまでも広がっていくあの青空が、

とても懐かしいような気がするんだ。

きっとあそこがふるさとなんだ。

僕らはあそこからやってきたのに違いない。

空を飛べたら、宙に浮かぶことができるなら、

宇宙に向かって羽ばたけたら。

きっともっと、しあわせは大きく広く

どこまでも広がっていくに違いないのに。

僕にだって立派な羽根はある。

羽ばたく姿をみせようか?

羽ばたくことはできるのだけど、

ばたばた、ばたばた。

いくら一生懸命に羽根を動かしても体は宙に浮いてくれない。

小屋の屋根めがけて力任せに飛び上がるのが精一杯。

ばたばた、じたばた。

体が重すぎるんだね。

お腹が大きすぎるんだね。

それでも僕は飛んでみたい。

昔、アヒルのご先祖様は空を飛んでいたという。

極寒の国から飛んできて、ひと冬過ぎたらまた帰っていく、

そんな優雅な姿を大空に描いていたんだ。

そうなんだ、ぼくらは冬に渡る鴨の仲間なんだもの。

リーダー鳥を先頭に、「く」の字を描いて空を渡る

あの雄々しき渡り鳥の姿。

僕はあのリーダーになりたかった。

じたばた、じたばた。

羽ばたく練習はずっと前から。

じたばた、じたばた。

いつか空飛ぶものになるために。

だけど地での暮らしが長すぎたのか、

空との距離がありすぎるのか、

ちっとも体は浮いてくれない。

どたばた、どたばた。

地球はあっという間に一回転して、

天空はあっという間に季節を変えて、

僕らは歳をとっていく。

 子供は大人になっていく。

大人は老人になっていく。

死んだジイジがいつか言っていた。

なぁ、ガアガ。

そうやって羽ばたく練習を続けるのも良いじゃろう。

そうやって運命に逆らってみるのも悪くない。

羽ばたこうとしているのはお前だけじゃが、

一生懸命なのはお前だけじゃない。

みんな懸命にいまを生きているんじゃ。

それでええ。それでええ。

時間をなにに費やそうが、

心をなにに奪われようが、

いつかかならず、みんなかならず、

みんな空に浮かんでいくのじゃ。

最後にはみんな空を飛べるんじゃ。

予言通り、ジイジは空に飛び立った。

羽ばたく練習もしていなかったのに。

空飛ぶ夢も見ていなかったのに。

ガアガは見た。

ジイジの魂が、大空めがけて浮き上がるのを。

天空で光になって飛び去るのを。

ガアガは空が大好きだった。

いつかは飛べると信じていた。

先祖が暮らしたふるさとへ、

ジイジが待っている天空へ、

羽根を広げて飛び去るその日を

ガアガはいまでも夢見ている。

ガアガはずっと夢見ている。

                      了


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第八百四十四話 (童話)犬は猫になれない [妖精譚]

 

 食いしん坊で、慌てん坊で、甘えん坊。

 それなのに家族の中で自分が一番エライと思っている。

 ワイヤーフォックステリアのソラリはそんな男の子です。

 お母さんが台所に立つと、必ず足元のところに来てなにかを待っています。

 とんとんとん、とんとんとん。

 お母さんがまな板の上でなにを切っているのか見えないけれども、

 なにかの表紙にぽーんと弾けて落ちて来るのを待っているのです。

 ぽーん。

 やった! あっ。キャベツだ。

 ぽーん。

 あ、今度はイモだ。

 誰よりも早く、落ちてきたモノに飛びついて口に入れてしまいます。

 まな板から落ちたらソラリのおやつなんだと、お母さんももう諦めています。

 お散歩をしているときだって、ソラリはいつもそわそわしながら歩いています。

 鼻先を下げて道のニオイをくんくん。

 なにか美味しいものが落ちていないかな。

 そんなことばかり考えながら歩いているのです。

 あっ。お菓子が落ちてる!

 白いマシュマロのような塊を見つけたソラリは

 誰よりも早くそれに飛びついてくわえ込みます。

 がりり。

 痛い! それは白い石でした。ソラリはほんとうに慌てん坊です。

 こんなソラリのことを、お母さんは可愛くてしかたがありません。

 それにソラリもお母さんが大好きです。

 いつもお母さんの後ろを追いかけて、足元にすり寄ります。

 お母さんがお出かけするときには、わうわう、まってまってと大騒ぎ。

 そんなソラリをタンスの上から見下ろしてるのが

 この家に三年前から住んでいる猫のカトウとヤマダです。

 カトウは白地に黒い模様が入った牛柄の毛皮を着た女の子。

 ヤマダは全身真っ黒な男の子です。

 ほらご覧。またソラリが甘えているにゃあ。

 あーらら。やかましいこと。あんなに吠えなくてもいいのに。

 お母さんは、お買い物済んだらすぐに戻ってくるのに。

 カトウとヤマダのふたりは、いつもこうして高いところからソラリの様子を伺っているのです。

 お母さんを玄関で見送ったソラリは、部屋に戻ってカトウとヤマダを見上げて睨みつけます。

「なんだよぅ。僕は吠えるのが仕事なんだよ」

 必死で吠えているところをふたりに見られたのが少し恥ずかしいのです。

 それに……ほんとうはふたりがうらやましくもあるのです。

 僕もあの高いところから世界を見下ろしたい。

 高みにいるカトウとヤマダを見るたびにそう思うのです。

 それに、あのふたりは実に要領がいい。

 好きなときにお母さんにすり寄って甘え、それに飽きたらすっと姿を隠す。

 ご飯だって、ソラリは決められた時間にバクバクっと食べて終わりだけれど、

 ふたりはいつでも好きなときに好きなだけ食べられるようにセットされているんだ。

 どうして犬と猫の境遇が違うのか、ソラリにはよくわからないけれども、そうなんだ。

 カトウとヤマダは、暖かい出窓のところも大好きで、いつもそこで日向ぼっこ。

 タンスの上は無理だけれども、あそこなら上がれそう。

 そう思って飛び上がろうとしてみるが、ソラリには猫のようなジャンプ力はない。

 くやしいなぁ。

 出窓の下でくぅんくぅんと鳴いていると、お母さんが気づいて踏み台の椅子を置いてくれたので、やっとふたりのところによじ登ることができるようになった。

 ふたりのいるところにやっと上がったら、カトウは、ぽおんとジャンプして離れたテーブルづたいにもっと高い書棚の上に飛び移った。

 同じようにジャンプしたヤマダは、カーテンに爪を立ててよじ登っていった。

 あっ。いじわる。でもいいなぁ、あの身の軽さ。

 それにあの爪と来たら……

 自由に爪が伸びて、あんなことができるんだものなぁ。

 ソラリはむき出しになったままの自分の大きな爪を悲しそうに見つめた。

 この家では一番エライと思っているソラリなのだけれども、

 身軽で格好よくジャンプして、いつも高いところからクールに見下ろしているカトウとヤマダを見上げているうちに、自分も猫だったらよかったのにと思うようになった。

 好きなときに食べて、好きなときに甘えて、家の中を自由にしているあのふたり。

 ソラリは、ヤマダの真似をしてカーテンにしがみついてみた。

 ずるずる。

 ちっとも爪がひっかかりやしない。

 カトウの真似をしてにゃおうと鳴いてみた。

 くぅおう。

「あらまぁ、なぁに、そのおかしな鳴き声は」

 お母さんはソラリの眼を見て笑っている。

 いつの間にか帰ってきてたお母さんに妙な声を聞かれてしまった。

 恥ずかしさにまた声が出てしまうソラリ。

 ふぅん。

「そっか。ソラリもあの本棚の上に行きたいの? あのカーテンにしがみつきたいの?」

 恥ずかしい。お母さんにはお見通し。

 夕方のお散歩に連れて行ってもらいながら、ソラリは一瞬でも猫になりたいと思ってしまったことを少し恥じた。僕は僕。犬は犬。それでいいんだ。

 なんで猫になりたいなんて思ったんだろう。猫だからできること、猫にしかできないことがあるように、犬だからできること、犬にしかできないことだって、きっとあるんだから。

お母さんの歩調に合わせて歩きながら思った。

でも。でも……。

僕にしかできないことってなんだろう。そんなものあるのかな?

  少し不安になった。

頭の中に浮かんだカトウとヤマダの凛々しい姿を払いのけるように、ソラリは全身をぶるぶるっと震わせた。

                                   了


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第八百四十三話 見てたぞ爺さん [文学譚]

 犬連れで出かけた観光地でのことだ。

「あんた、それなにをしとるんか」

一瞬、自分が声をかけられたのだとは気がつかなかった。

「あんた、それいかんのじゃ」

 振り向くと、白髪の爺さんが私を睨みつけていた。

「はぁ? なんですか? 私ですか?」

私は何を言われているのか皆目わからないままに返事をした。

「そうじゃ、あんたじゃがな。いかんよ、それは」

「はい? 何がいかんのですか?」

「あんた、いま、犬を連れて歩いとったじゃろ?」

「はぁ、それが何か?」

「これが見えませなんだか?」

 爺さんが指差す先には張り紙があって、「敷地内、犬の散歩禁止」と書かれている。それはさっき見て知っている。さらにその下には「犬を連れている方は、走っ て通り抜けてください」と書いてあったので、私は走って通り抜けたのだが、最後の数歩は犬がへたばったので、少しだけ歩いた。それを爺さんは見ていたらし い。

「わしゃあ見てたんじゃ。あんたが犬連れで歩いているのをな」

 確かに歩いたが、それは犬が疲れたから少しだけのこと。それにもう敷地から出てるのだし、何を今さら。そう思いながら私はその通りのことを言った。すると爺さん、怒り出した。

「あんた、謝ったらどうじゃ? 言い訳する前に」

「謝るって誰に? 何故?」

「わしにじゃ。あんたはルールを破ったのじゃからな」

確かにその通りだが、どうしてこの爺さんに謝る必要があるのだろう。

「なんであんたに謝らなきゃいけないんだ? ここはあんたの持ち物なのか?」

「いいや、わしの土地じゃありゃあせん。じゃが、わしはこの観光地のためにパトロールしとるんじゃ」

 なるほど、この爺さんは、持ち主に雇われて管理をしているのだな。そう思ったので、金で解決してやろうと思った。

「爺さん、ここの持ち主に雇われているのか。いくらだ?」

「い、いくらっだって? わしゃあ金などもらっておらんわ」

金の話をすると、爺さんはいっそう怒りを露わにしたので、私は一計を案じて言った。

「エライ! 爺さん、よく言った。実はね、私はここの管理会社に依頼されて、あなたのような見張り番が、ちゃんとパトロールできているのかどうかをチェックする役割で あんなことをしてみせたのです。するとあなたは見事に監視していて、犬連れで走らずに歩いた私に注意をした。お見事でした。これで私はオーナーに良い報告ができます。ありがとう」

言うと、爺さんの表情が急変して、目を輝かせて言った。

「ようやく見つけたぞ。わしは本当はあんたを見つけるためにここにいるのじゃ。最近、管理会社の名を名乗る詐欺師が出没していて困っておるのでな。さぁ、わしと一緒に警察まで来てもらおうか」

 爺さんの方が一枚上手だったようだ。

                                        了


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第八百四十二話 ネガティブ・スパイラル [妖精譚]

 学校から帰って部屋で遊んでいると、家の中でごろごろしているくらいなら外で運動でもして来なさいと母親が言う。本当は家でゆっくりしていたかったのだけど 仕方なくグローブを持って学校へ向かった。日暮れまで友達と野球をして帰ると、今度は勉強もしないでいったいどこをほっつき歩いているんだと叱られた。 だって……と口を開こうとすると、文句を言う前に謝りなさいと言われたので、ごめんなさいと謝ったら、誤って済むものなら警察などいらないって。だってお 母さんが外に行けといったじゃないかと言い返すと、何を口答えしているんだ、男は余計なおしゃべりはしないものだとまた叱られた。それからどんどん無口に なっていった僕に母は、本当に男の子ったら口が重くて困ると近所中で言って回るようになった。

 大人になって会社員になったが、初出社で 黙っていたら、朝の挨拶も出来んのかと先輩に叱られた。翌朝、元気よくおはようと挨拶したら、別の先輩にカラ元気な挨拶だけじゃ仕事は出来んぞと言われ た。仕事を覚え独り立ちするようになってからは、社内でいるととっとと営業に行けと怒鳴られ、寄るまで営業に回って帰社すると、どこでさぼっていたのだと 上司に詰め寄られた。次の日から適当に得意先周りをして適当なところで会社に戻るという仕事の仕方をしているうちに、業績はどんどん下がっていった。

  さらに月日が過ぎてこんな僕にも恋人が出来、所帯を持った。新婚期間を過ぎると、たまには家のこともしてよと妻が言うようになり、ならばと料理をしようと すると、台所には入らないで頂戴と言われた。身の回りの掃除くらいしてよと言うのでいいように片付けたら、こんな適当な片付け方ならしない方がましだと言 われた。給料が少ないから家計が苦しいというので、残業を増やしたら、ちっとも家に帰ってこないと拗ねられた。

 こうして僕はどんどん自分 じゃない人間に変わっていって、いったい何をしたらいいのか、どうしたらいいのか判断すらできない人間になっていった。少なくとも自分ではそんな気がする のだが、酒場でこの話をしたら、なんでもひとのせいにするものではないと居酒屋の亭主に言われてはじめて気がついた。そうか、ぜんぶ自分でしてきたこと だ。自分自身でいまの自分を形成してきたのだと。

 僕はもうひとの意見など聞かないことに決めた。だが社会の中にいる限り、僕がすることや 言うことに対して、誰かが必ず何かを言う。それが社会というものだから。やがて僕はなるべくひとがいない場所を選ぶようになり、その結果、いまこうしてこ の狭い部屋で一人きりで暮らすことが出来るようになった。ここでようやく本来の自分自身を取り戻せたような気がするのだ。しかし、この誰もいない部屋です ら、一日に何度か、最低でも朝昼晩の三回は、ドアのところにある小さな窓から食事が投入され、その度に白衣を着た誰かが僕に声をかけるのだ。

「おい、ちゃんと食わないと死ぬぞ。もっとも食ってても、お前はもはや死んでいるようなもんだがな」

                              了


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第八百四十一話 象牙の歯ブラシ [文学譚]

 母は地から湧き出る雫のごとく愛を息子に注いだ。父は左手の二の腕から先を若い頃の事故で失ってい たが、それでも両手で母の愛を守り続けた。満里雄にとって父母の愛は享受して当然のものでしかなく、なぜ両親が我が子に愛情を捧げるのだろうかなど爪の先 ほども考えたことがなかった。おおむね世の子供というものは多かれ少なかれ親に対してはそのようなものに違いないが、それでも大人に近づくにつれ、親の苦 労を知り親の愛情の深さを慮るものであるということも世の常であるのに違いない。

 ところが満里雄はついぞ両親に対して愛情を返すことがな いまま大人になった。彼は愛を受け止める能力はあったが、どういうわけか誰かに愛を傾ける力を育むことができない人間だったのだ。満里雄の父母は息子に見 返りを求めることなどなかったであろうが、せめて粟粒ほどの感謝の発露を期待しなかったはずはない。だが、親子の愛情は一方通行のまま、両親ともに年老い る前にこの夜を後にした。

 親を失った満里雄に残されたのは、天涯孤独という境遇だった。とっくに伴侶を得ておかしくない年齢になっていた にもかかわらず、一人で暮らしていた。愛は惜しみなく注がれるものだとか、愛とは与えられるものではなく与えるものなどという言い回しがあるが、実際のと ころそれは親から子への場合であり、赤の他人同士ではなかなかそのような美談にはなりにくい。まして満里雄の場合は人を愛する能力がないわけだから、恋人 が出来るはずもなかった。

 ところが、満里雄が四十歳になった年に訪れたイタリア北東の町ベローナの土産物屋で、満里雄はあるものを見つけ た。小さな店の中に大事そうにディスプレイされていた象牙の歯ブラシだった。透けるように白い柄の先に、どのようにしてか精細に馬の毛が埋め込まれた一品 制作品で、持ち手部分は手になじむような曲線のうねりを形作っていた。満里雄はこの歯ブラシを一目見るなり、心のすべてを持っていかれたような気持ちに なった。人を愛することの出来ない満里雄が、生まれた初めて愛情を感じたのだ。親でも女性でもなく、象牙の歯ブラシに。満里雄の小遣いでは届かぬような値 段だったが、満里雄はクレジットで無理して購入して帰国の途についた。

 家に帰ってからというもの、満里雄は愛する歯ブラシを肌身離さず近くに置き、朝昼晩といわず歯を磨き、暇さえあれば触ったり撫でたり、しまいには人間を相手にしているように話しかけた。

「お前はほんとうに美しい。白い柄はまうで生きている骨のようだし、ブラシの部分だって滑らかで女性の黒髪のようだ」

「どうして歯ブラシなのだ、こんなに美しいお前が」

「口の中で踊る姿をぜひこの目で見てみたい。だが自分の口の中など見ることが出来ないのが残念だ」

 そうしてついに満里雄は神に願をかけた。

 どうか、どうかこの象牙の歯ブラシに命をお与えください。人間のように私と会話をし、ともに生きていくことが出来る存在にしてください。

 満里雄の願いが天に届いたのか、それとも不可思議な奇跡が起きたのかわからない。とにかく象牙の歯ブラシに命が宿り、意思が芽生えた。満里雄は大喜びし、神に感謝をし、象牙の歯ブラシを抱きしめて話しかけた。

「おお、象牙の歯ブラシよ、とうとうあるべき姿になったのだね。これからもずっと一緒だ。さぁ、君が命を授かってから初めての愛の行為をしよう」

 満里雄は象牙の歯ブラシに歯磨き粉を少しだけつけて、口の中に咥えようとしたそのとき、歯ブラシが叫んだ。

「いやぁ! やめて! その嫌な臭いのする汚らしい口の中に、私をくわえこまないで!」

                                了


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第八百四十話 タケノコ [文学譚]

 毎年この季節になると、タケノコを掘り出さねばならない。 こう言うと「まぁ旬のものを掘るなんて、いいね。とれたては美味いよね」などと言うひとがいるのだが、うちの場合はそんな優雅な話ではない。

 隣の屋敷には広い庭があって、うちとの境のところに竹林があるのだ。昔は林というほどではなかったのだが、いつの間にか本数を増やし、気がつけば境界線を越えてうちの小さな庭にまでタケノコが生えてくるようになった。

  タケノコは本来、土地の所有者のものなのだが、境界線を超えて生えてきた分は、こちらのものとして採取できる。だから最初の頃は儲けたなぁと思いながらこ ちらに顔を出したタケノコを掘って食べていた。つい掘り忘れてしまって背が高くなってしまったタケノコはもう堅くなってしまって美味しくないのだが、早い うちに、地面からほんの少し顔を出したくらいに掘り出したものは、とても柔らかくて炊いても焼いても刺身でも美味い。

 だが、これはありが たいと思っていたのは最初のうちだけで、数年後には、毎年毎年嫌が応にも生えてくるタケノコに閉口するようになってきた。忙しい年でも掘り出しておかない と、こちらにも竹の林ができてしまうからだ。最初は楽しみに思っていても、それが義務となってしまうと負担になる。あるとき、ええい面倒くさいと放置して いたら、ほんの数年でこちら側にも竹林ができてしまった。まぁ仕方がないなとさらに放置していたら、ある時気がつくと庭に面した和室の畳を破って竹が伸び てきてしまった。

 それからというもの、和室に生えてくる竹を掘り出さなければならなくなった。そうしないと家を竹に乗っ取られてしまうではないか。これはもう義務どころではなく、完全に仕事になってしまった。

今 年になって畳をめくってみて驚いた。いつものように、板を破って顔を出しているタケノコがいくつかあったが、そのどれもが着物を着ているのだ。そんな馬鹿 なと思うだろうが、あの茶色い竹の皮に色とりどりの柄がついていて、着物のようになっているのだ。その先に伸びているタケノコの先の部分には顔までついて いて、にっこり笑っている。和室に伸びる竹は、こんな風に進化するものなのだろうか。こいつを掘り出したものかどうか迷っていると、伸びたタケノコのひと つが微笑みながら口を開いた。

「おはようさんどす。どうぞ、私をお掘りやす。おいしおまっせ」

 驚いた私が思わず「なんだ、何者だお前は?」と言うと、

「ああら、知りはらしませんの? そうどすなぁ、お初にお目にかかりやす。私、かぐやと申します。しばらくお世話になります」

 かぐや……かぐや姫とは、竹の中から生まれたのではなく、こうした形で生まれるものなのだ。ということは、私は竹取の翁ということなのか?

 こうして私はかぐやを育てることになったのだが、これが後に竹取物語と呼ばれる話の発端になろうとは、まだこのときにはわかっていなかった。

                              了


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第八百三十九話 ナビゲーションシステム [文学譚]

 最近の車は、ナビゲーションシステムというものが搭載されていて、とても便利だ。通称ナビと呼んで、知らない土地に出かけても、行きたい場所の名前や住所を 入力すれば、最短の行き方で案内してくれるので、もう道に迷うこともない。行き方がわからなくて悩むこともなくなった。どこへいくにもまずは、ナビに行き 先を入力し、ナビの案内通りに運転する。頻繁に行く場所はあらかじめ登録ができるから、記憶しておく必要もない。毎回ナビが連れて行ってくれるから。

 こうしてナビをフル活用していると、実家に向かうときも、自宅に帰るときでさえ、ナビに案内してもらわないと不安を感じるようになってしまった。ほんとうにどこに行くのにもナビに連れて行ってもらうのだ。

 進化したナビは行き先を尋ねて来る。

「今日はどちらに参りましょうか?」

 行き先を告げるとナビが勝手にインターネット検索をして住所を確定し、案内してくれる。私はただ車を動かすだけ。

「運転手、いまあなたは道を間違いました。私はさっきのところを曲がれと言ったはずです」

 こうなると、もはやナビと運転手のどっちか主体かわからなくなる。

十年もナビを使い続けた私は、もはやナビなしではどこにも行けなくなっていた。車に乗っていないときでさえ。モバイルタイプのナビを手に入れ、常にナビを携帯している。

「次に私は、どこに行けばいいですか?」

「次に私は何をすればいいですか?」

「私はどのように生きたらいいですか?」

「私の人生の行き先を教えてください」

 いまやナビは私をどこへでも連れて行ってくれる。

                               了


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第八百三十八話 大阪もん [文学譚]

 大阪からやって来たというその男は、文太がいつもきまって座るカウンター席に陣取って我が物顔で吞み処マツの小さな店全体に聞かせるかのように浪花の自慢話 を吹聴していた。後から店に入った文太は仕方なくひとつ空けた並びの席に座ってビールを注文した。店主のマツジはいささか困惑気味な面持ちで常連客の文太 に軽くウィンクしながら、あいよと言って奥に引っ込んだ。聞き手が一人増えたことに気を良くしたのか、大阪の男はボリュームを一段上げて、大阪は日本の中 心であるだの、大阪はすでに第一の都であるだの、面白い情報はすべて大阪から発信されているだの、根拠のない自慢を垂れ流し続けている。

「博多の食いもんは旨いと聞いていたが、大阪人の舌は厳しいで。そやけどこの店はまた来てやってもええかな」

 褒めてるのだか貶しているのだか、酔っぱらい親父の訳の分からない戯言だが、その言い方が気に入らない。

「こんなアホみたいな店でもええ味やったらまぁ許せるわな」

 黙って聞いていたがアホという言葉に文太はいきなりキレた。

「あんたなんば言うとうとか。大阪ばそげんエライとか」

 俄に立ち上がって怒鳴りだした文太。にまにま笑いを貼り付けて見返している男の顔が一層文太の怒りを逆なでした。

「きさん! マツジに謝れ!」

 言いながら男の胸ぐらを掴んだ文太の顔に、いきなり水がぶっかけられた。空のグラスを持ったマツジは、酔っぱらいの喧嘩も犬のそれも納め方は同じだと考えているのだった。 

                                              了


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