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第五百五十二話 むくちな男 [怪奇譚]

 君のことは噂で聞いたけど、本当に無口なんだねぇ。ぼくがここに配属され

て一週間過ぎたけど、ほんと君、ほとんど何も喋らないんだねえ。大丈夫なの

か? え、何? その悲しそうな目つきは。あれ? ジェスチャーかい? 君が

口を、開くと? 周りが? え、違う? みんなが、頭が痛くなる……ああ、そう

じゃない、頭が……頭を抱える! そうかそうか、みんなが頭を抱えるんだ、君

がしゃべると……はっはっは……どういうこと? ああ、そうか、君の声が大き過

ぎて、ああ、あれ。ジャイアンの歌みたいな、こと……君が音痴で頭を抱える。い

や、別に歌うワケじゃないものなぁ。え? 何。みんなが……君の……お口に……

チャック! はっはっは。面白いね、君。みんなが君のお口にチャックするんだね。

でもなんで? ああ、君、もしかして口が悪い? あ、わかった。時々そう言う人い

るけど、思ったことをそのまんまいっちゃうんだ! そしてあまりにもキツイことを言

うから、言われた者が傷ついてしまうとか。こないだお亡くなりになったハマコーみ

たいに! え? そんなんじゃない? じゃ、なんなのよ。気になるなぁ。あ、いや、

無口ってのがいけないわけじゃないよ。ほら、あのケンさんみたいに、男は黙って

みたいなさ、堂々としてて、最後の最後の、ここっていう時だけズバッと口を開くな

んてさ、格好いいわな。そういうことでしょ? でもさ、君。君はケンさんタイプには

見えないよ、悪いけど。どっちか言うと、トラさんかな。生まれは葛飾柴又ぁなんつ

って。え? それは……ひ、ど、い? ああ、ひどいね。こりゃぁ失礼つかまつった。

けどね、そう始終黙りこくって静かにされていたんじゃぁ、ぼくとしては、なんだか気

を使っちゃうんだよね。適当に、時々は、ああとかフゥとか言ってはどうなのかな?

ぼくはこの通りおしゃべり好きだからさ、いつでも話相手になるよ。うん? 何? 皆

が許さないって? なんで。なんでよ。いいからさ。大丈夫だよ。皆が文句言ってき

たら、ぼくが文句言ってやるからさ。そんな、人権侵害だよ。同僚にしゃべるななん

て、ちょっとひどすぎるんじゃない? いいから、たまには口を開いてみ? ぼくが

許す! ああ、本当だとも。ぼくは嘘つかない。必ず君を皆から守るから。さ、勇気

を出して! 口を……開いて……あ、課長が戻ってきた。ああ、課長、おかえりな

さい! 

「なんだね、君たちは。二人顔を並べて。あ。いかんぞ。山田くん。あんたは先週

ここへ来たところだからわかっちゃいないんだろうけど、そいつに口を開かせるん

じゃないぞ。え? 何? なんでかだって? それはそのうちわかるさ。え? 今?

口を開かせようと? あんたが許した? おいおい、やめてくれよ。なんてことを、

君はしてくれたんだ!」

 無口男は、ぼくの許しを得たことに喜んで、課長が話終えるか終えないかの内

に口を開いた。男の口が、全身に六つある口が、一斉にモノを言い出した。

「ぼくの本当の、」

「ありがとう!」

「おいおい!」

「やっと話せる」

「あーあ、つまらん」

「馬鹿にすんなよ、」

 本来の口以外に、両耳、鼻の穴、尻の穴の合計六つの口を持つというびっく

り人間、無口ではなく六口な男は、それから延々、六つの口が好き勝手なこと

をしゃべりはじめた。

                               了

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読んだよ!オモロー(^o^)(3)  感想(0)  トラックバック(0) 
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