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第五百二十八話 戻り道 [文学譚]

 祥平はとても優柔不断だ。もともとぼぉーっとした人間で、普段何も考えず

に二十八年間を生きてきた。食事や服などはすべて母親まかせで、日常生

活に必要なものは、自分の意思で買ったことがない。いまの仕事も、母親頼

みで親戚の叔父から紹介されてなんとか潜り込ませてもらった中小企業の

事務員だ。日長一日、社内の事務仕事をゆーっくりとマイペースでこなし、定

時になったらさっさと家に帰った。こんならくチンな仕事、他にはないだろうな。

もし、いまさら営業しろなんて言われたら死ぬな。常日頃そう思っているのだ

が、不景気が続く昨今、ついに社長から指令がおりた。事務仕事はもういい

から、営業に回ってくれというのだ。祥平は不満そうな顔をしたが、営業をしな

いのなら、辞めてもらうしかないと言われて、しぶしぶ承諾した。

 祥平が担当するのは、新規顧客ばかり。小さな会社のことだから、得意先は

地方の小さな企業ばかり。それも、目ぼしいところは既に担当営業が決まって

いるので、祥平がこれから営業をかけていかねばならない企業は、そうとう田

舎まで行かなければならないところばかりだった。その中でも手近で行きやす

い企業は、既に回った。新規の会社に飛び込んで、会社案内と、売り物である

漢方薬やサプリメントのカタログを見せながらセールスをかけるのだが、セー

ルスなど経験のない祥平は、ただただ会社案内とカタログを並べて出して、も

ごもごと何かを言うだけだった。

 もういやだなぁ、こんな仕事。涼しい会社の中で机に座ってぼちぼちやる仕

事がよかったなぁ。毎日毎日そう思いながら営業ん出て掛ける。比較的便利な

場所にある企業は前日で周り終わったので、今日からは少し不便なところにあ

る企業周りだ。社長に言わせれば、そういう企業の方が取引させてくれやすい

という。

 祥平がいま向かっている会社は、山間の町にあった。バスで行けるところまで

って、後は自力で歩く。運転免許証を持たない祥平は、公共交通期間と脚で

行くしかない。まるでハイキングみたいだ。途中でいくつも分かれ道があって、

その度に祥平は地図を見ながら進むのだが、ついに道がわからなくなった。民

家もなにもない、こんなところに会社などあるのだろうか? 携帯電話も圏外で

使えない。誰かに訊ねたいが、人通りもない。こんな道って、あるか? ままよと

思って分かれ道を一本選んで進んだら、行き止まりになってしまった。

 もうだめだ。疲れた。引き返そう。そう思って、祥平はいま来た道をバックする。

分かれ道になっていたところまで戻って来て、ハタと困ってしまった。こともあろう

にこの分かれ道は八つ角になっていて、自分がどの道から来たのかわからなく

なってしまったのだ。戻るに戻れない戻り道。まるで己の人生みたいだなぁ、祥

平はそう思いながら、地面に座り込んでしまった。

                                     了

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