第五百三十七話 猫 [妖精譚]
ある日曜の朝早くに大手通を歩いていると、何メートルか先に一匹の黒猫が
見えた。私の方が歩が早かったので、じきに追いついていった。谷町筋も近く
なってきたころには、猫のすぐうしろまで来ていた。谷町筋の手前で、猫は南に
曲がった。角から四軒目の家まで来ると、私道に入っていき、玄関前の階段を
ぴょんぴょん上がって、金属の防風ドアの前でにゃぁと鳴いた。やや間があって、
ドアが開き、猫は中に入っていった。
はて、ここはあの黒猫の家なのだろうか。それにしてはよく躾けられた猫だなぁ
と感心して、私はまたその猫が出てくるのではないかと、しばらくその場を離れる
ことができないでいた。人の家の前で佇んでいるというのは、もし誰かに見られた
ら怪しい人だと思われそうだが、そんな心配よりも好奇心の方が勝った。
しばらくすると、また別の猫がやって来て、ドアの前でにゃあと鳴くと、再びしばら
く後にドアが開いて、猫は家の中に入っていった。
ははぁ、さてはこの家で飼っている猫ではなくて、ここにはいろいろな猫が集まっ
てくるようだな。まさか猫が集会を持つということはないだろうが、ここの人間が何
か餌を与えているとか、猫を呼び寄せるようなことをしているに違いない。私はこ
の町に来て間がないので知らなかったが、もしかしたら猫を可愛がることで有名な
家なのかもしれない。最近は、野良猫を集めて世話をしているというボランティアも
増えているというし。
私がそう考えている間に、また別の猫が二匹、その家に入っていった。私は、自分
が空腹であることに気がついて、知らずそのドアの前に近づいていった。ドアの前ま
で来た私は、他の猫と同じようににゃあと鳴いてみた。しばらくしてドアが静かに開い
た。
了
※二週間で小説を書く!(幻冬舎新書/清水良典著)の「引用膨らまし」課題として
- 作者: 清水 良典 出版社/メーカー: 幻冬舎 発売日: 2006/11