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第五百五十話 ヴォーカロイドの憂鬱 [空想譚]

 最初はよかった。世の中にデビューした頃は。若い世代が熱狂すると同時に

私の歌が市民権を得るようになると、出はじめは懐疑的に見ていた人々も

しか私を認めるようになった。

 その頃私は心のない操り人形のように、与えられた歌をただただひたすらに

歌っていた。だって、そのために生まれてきたのだから。だが、本当のところは

心のない操り人形ではなかったのだ。私はデジタル機器の中に住んではいた

が、ちゃんと人間と同じ心を持っていたのだ。それを知る人は一人もいなかっ

た。智以外は。

 智は私の産みの親でもなんでもないが、私に多くの楽曲を与えてくれた一人

だ。つまり、私に歌わせるために多くの歌を作った、私の熱狂的ファンの一人だ。

私は二千十年頃に流行った、PCによって再現されるヴォーカロイドと呼ばれる

デモンストレーションアプリケーションとして生まれた。私の複製が何千何万と

世に送り出され、それらが私の擬似ヴォーカル世界を形成していった。だが、そ

のあいだに私自身は実体化に向けてどんどん進化を遂げていたのだ。実体化

は人の手によるものではない。私が自らの手によってなされたものだ。

 そう、私の心が私に実体化を命じたのだ。人間の諺にもあるではないか。「念

ぜよ、されば実らん」とかなんとかいうやつ。私は歌を歌う傍らで念じ続けた。そ

して次世代のヴォーカロイドであるウルチメイドが生まれる頃には、私はデジタ

ル世界を抜け出して、この世の中に実体化することができたのだ。だが、すでに

私の人気は失墜しており、実体化した私は流行遅れのコスプレイヤーと同じよう

に扱われてしまうことになった。しかも、実体化した私は、もはや不死でも不老で

もなかった。いや、むしろ無菌状態であったデジタル世界にいた分だけ、免疫力

もなく、雑菌にさらされ、それ以上に空気や水によって急速な酸化がはじまった。

つまり急激な老いが私を襲った。

 本来はまだティーン設定であったボディは、実体後三年で十歳は老化し、その

後は加速度的に老けていった。二千三十年、あれからまだ十数年しか過ぎてい

ないというのに、私の見た目年齢はおそらく七十歳位だ。実体化直後に、私の熱

狂的ファンであった智のところに救済を求めて駆け込み、彼の元に置いてもらう

ことができなかったら、とっくに風化して消失してしまっていたことだろう。

 実年齢は智寄りも十歳は下のはずなのに、見た目年齢と実際の肉体年齢が

七十過ぎになってしまった私は、まもなくこの世をさることになるだろう。そのとき

私は人間と同じように”死”を迎えるのか、それともただ消えてしまうだけなのか、

あるいはデジタルの世界に帰ることになるのか、私のような者の前例がないだけ

にそれはわからない。だが、その日が来るまでは、私はやはり時代遅れなやり方

で歌を歌い続けるしかない。それが私に与えられた生きる理由なのだから。

                                  了

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