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第五百三十話 入れ替わり [文学譚]

 入れ替わりの魔法というものが、この世には本当にある。その呪文はある古物商の
気違いじみた爺さんから教えられた。詳しい言葉を教えるわけにはいかないが、爺
さんによれば、入れ替わりたい相手の目の前でこの呪文を唱えることによって、魂
が入れ替わるということなのだ。馬鹿げていると思うだろうが、本当のことだと爺
さんは言った。
入れ替わりというのは、映画や小説の中で語られる話だ。寺の境内で男女が転倒し
た結果入れ替わったり、老人と美女がキスして入れ替わるとか、その手の話だ。そ
んなものは物語の中だけの話で、まさかそれが現実にあったことが描かれていたの
だとは、思いもよらなかった。しかし、ほんとうにそんなことがあり得るのなら?
ぼくは、妄想は広がって行く。誰と入れ替わる? 大金持ちの資産家? それとも天
才ミュージシャン? あるいはウチの会社のオーナー社長か? いやいやいや、やっ
ぱりぼくが入れ替わりたいのは、彼女だ。とびきりの美人で才女、誰もが一目置
いている我が社のトッププランナー。社内の男どもはみんな彼女を狙っている。
だが、彼女は僕みたいなしょぼくれた若年寄りには目もくれないんだ。だからぼ
くは彼女と入れ替わって、ぼく以外のすべての男たちを手玉にとって見下してや
りたいんだ。
夏の盛り、チャンスはいきなりやって来た。今年の業界研修会に、ぼくと彼女
が参加することになったのだ。研修初日の終了後、宿泊しているホテルのエレベ
ーターに二人きりで乗り合わせた。
「叶さん、研修初日、疲れましたね」
さりげなく話しかけて彼女の顔をぼくの方に向かせた。呪文を唱えるためには、
向かい合う必要があったのだ。彼女が振り向くタイミングでぼくはすばやくあの
呪文を口の中で唱えた。その同じタイミングでぼくと彼女の間に割り込んで来た
者がいた。
ブーン
パチン!
彼女は素早い反応で、目の前で手を叩いた。
そしてぼくだったからだは、彼女の目の前で崩れ落ちて、床の上で手足を無意味
に動かし続けるだけの存在になっていた。

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