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第七百三十二話 ある寒波の朝に [日常譚]

 昨夜のニュースでは最低気温だった昨日に比べて、今日は暖かくなると確か

言っていた。なのに、今朝目覚めると、空気そのものが冷たく、この冬いちばん

の寒さを感じた。最近は皮下脂肪が増えたせいか、あまり寒さを感じたことのな

い私なのだが、今朝は珍しく「寒っ!」と声を上げてしまったほどだ。こんなに寒

いとベッドから出る気になれない。そういえば子供の頃の私はひどく寒がりで、

前の晩から布団の中に衣服を持ち込んで眠り、朝になると布団の中に潜り込ん

だままで下着を替え、洋服を切るという怠惰な身支度をしていた。だって寒いん

だもの。

 さすがに大人になったいまはそんなことはしないけれども、しかし今朝はベッド

の中で着替えをしたい気分だ。半身を起こして首を伸ばし、マンションの窓から外

を眺めてみる。雪でも降っているのではないかと思ったのだが、窓から見える空

は青く、天気は良さそうだった。冬場は天気がよいとかえって寒いと聞いたことが

あるが、そういうことなのだろう。

 それにしても静かだ。普段なら表通りを走る車の音とか、道行く人のざわめきが

伝わってくるものなのに、しんとしてなにひとつ物音がしない。外側にむき出しに

なった廊下にやって来る鳩の声さえしない。これはいったいどうしたことなのだろ

う。私は毛布をかぶった浮浪者のような姿でのろのろとベッドを抜け出し、窓の方

へ向かった。ここはマンションの十階なので、窓からはひと通りの世間が見渡せる。

上から街を覗き込んで驚いた。一面氷の世界のようだ。いや、氷で閉ざされている

というようなSF的なことが起きているのではない。たしかに路面は凍っているよう

にも見えるが、それは近づいてみないとわからない。とにかく路上に車は何台もい

るが、どれもこれも停止している。歩道には人がいて、歩いている格好のまま凍り

ついている。まるで、液体窒素をぶっかけられて、一瞬にして凍りついたみたいに。

むかし見た怪獣映画でそういうのがあった。南極からやってきたペギラとかいう名

の怪獣が口から冷気を吐き出すと、すべてが凍りついてしまうという話だった。

 まさか、こんなことがありうるのだろうか。そう思いながらテレビをつけると、砂嵐

状態で、どの局もなにも放送されていない。世界は凍りついてしまったのか。これ

では当然会社も稼働していないはずだ。こんな恐ろしい状況の中で会社のことを

心配している自分が滑稽に思えた。まさか、これで会社に言ってたら笑われるよ

ね。笑われる? いったい誰に? 世の中はすべて凍りついているというのに。

もしかしたら、凍りついていないのは、私だけかもしれないのに。

 私は恐ろしくなって、もう一度ベッドの中に潜り込んだ。暖かい毛布と羽毛布団

に包まれてぬくぬくしながら、頭の中だけは妙にクールだ。会社は休みだ。世界は

凍りついている……。

 そっと目を開いて思った。……そんなことになっていればいいのに。会社休めるし。

                                了


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