第七百二十話 髭 [文学譚]
中学生になった頃から口の周りに髭が生えはじめた。学校で友達の口の周り
がとても気になる。まだつるんとしている人もいるが、自分と同じようにうっすら
と産毛が生えている子もいる。ふぅん、そろそろみんなそういう年頃なんだなと
思って、あまり気にならなくなった。
高校生ともなると、中には立派な口ひげを生やして登校してくるような無頼派
も現れていたが、さすがに自分は毎朝じょりじょりときれいに剃りあげて、つるん
となっているか鏡の前で何度も指先で確かめた。剃りたての顎がヒリヒリするの
がとても嫌で、友達はそういうのどうしてるのかなぁと思ったけど、なんだか聞く
のは恥ずかしいような気がして。 会社に入ってからは、毎朝シェーバーでうぃ
いんと剃りあげていたのだが、午後になるともう薄らと髭が伸びていることに気
づいて、どうしたものかと悩みはじめたんだ。
「ねぇ、こういうのどうしてる?」遂に仲良しの同僚に訪ねてみた。
「え、髭?」
どきどき。そんなの簡単だ、そう言うのを期待したけど、私の顔を覗き込み
指で撫で回してから「脱毛!」と言った。「そんなに濃いのでは、コンシーラー
でも無理。教えてあげようかとは思ってたけど」身体のことなど恥ずかしくてな
かなか他人に聞けない。普通、女子には髭が生えないものだということを、あ
たしははじめて知った。
~了~