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第七百二十六話 気まぐれカレンダー [文学譚]

 毎年年末になると文具店に出かけて行って手帳を物色していたものだが、こ

こ数年来、手帳を持たなくなった。すべて頭の中に入れているから、というわけ

ではない。携帯端末のアプリを利用するようにあったのだ。アプリは文字通りカ

レンダーという名前のもの。端末上でこのアプリに予定を入力すると、便利なこ

とに、パソコンの中にも自動送信され、あっちもこっちも連携して記録してくれる。

しかも、入力した予定が近づくと携帯端末が音と画面で知らせてくれるというす

ぐれものなのだ。こんな便利なものがあれば、もはや手帳なんていらない。

 そう思ってこのアプリを使ってきているのだが……ときどき困ったトラブルに見

舞われる。どうしたことなのかわからないが、入力したはずのデータが一切消え

てしまっていることがあるのだ。これはおそらくわたし自身がなにかのボタンを押

してしまうことによって、その指令どうりに機械が反応したのだと思われるのだが、

わたし自身、どのボタンをいつ押したのか、未だにわからないのだ。データを同期

させる先を選択するところでそうなったと思われるのだが、設定が複雑すぎてよく

わからない。だから、できるだけなにもさわらないようにしようと決めた。

 もう少し深刻なのが、一部のデータが消えてしまっている場合だ。なぜ深刻かと

いうと、全部消えてしまってたら、あーあと思って入力し直すのだが、一部の場合、

データが消えてしまっていることに気がつかない。だから大事な予定をすっぽかし

てしまうことになるのだ。

 さらに深刻なのが、入力データの改ざんだ。改ざんというのは大げさだが、なぜ

だか入力した日程が五日ほど後ろにずれてしまうのだ。そんな馬鹿な! と思うの

だが、事実そうなる。それもすべてがそうなるのではなく、なにかのタイミングで、ど

こかのプロバイダと同期させたときなのかどうかわからないが、五日ずれるのだ。い

や、正確にいうと、入力した本来の日程とは別に、五日後の日程にも入力されてしま

うのだ。これはうまく気がつきさえすれば、誤った日程のみを消せばいいのだが、困る

のは、自分自身が誤って正しい日程を消してしまう場合。人間思い込みというものは

あるもので、五日後の方が本来の日程だと思ってしまったら、それを信じてしまう。

 こんなことがあったものだから、充分に注意をしていたのだが、ことは忘れた頃に

起きてしまう。わたしはその期日が今日だと思っていた。だから余裕綽綽で役所に

向かったのが四日前のことだ。四日早く役所に言ったつもりだった。だが、窓口の

係員は冷たい声で告げた。

「これは、昨日の七時で締め切られていますよ」

 そんな馬鹿な! わたしは携帯端末のカレンダーを見直した。確かに二十日まで

と書いている。だが、係員が差し出した書類には確かに十五日締切と書いてある。

し、しまった! わたしは急に携帯端末のトラブルを思い出した。久しぶりに携帯端

末にやられてしまった! うかつだった。もう一度元の書類で確認しておくべきだっ

た! こんな重要なことなのに。

「な、なんとかなりませんか?」

「無理ですねえ。そういう方、結構いるんですよ。諦めてください」

「ど、どうなるんです? これが間に合わなかったとなれば」

「さぁ……ひとによって違いますからねえ、現れ方も、そのタイミングも。ま

ぁ、とにかく早いことみなさんにお別れをいうことですね」

「お別れ?」

 わたしは右へ回れをして役所を出たのだが、ふと両手を見て驚いた。手の皮

がカサカサに干からびはじめている。そして見ているうちに、両手は粉々になり、

わたしのすべては砂よりも小さな粒となって風にさらわれていった。

                                 了


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