第七百二十一話 マスク [文学譚]
誰かに振り向かれたり、通りがかりの子供から凝視されるこ
となど、もはや慣れっこになっていた。そんなこといまさら気
にしたところでどうしようもないことなのだから。私は不細工
だ。父と母の悪いところばかり受け継いでこうなってしまった。
そんなことで母を恨んでもしかたがない。恨むのなら神様を恨
むべきなんだろうな。世の中には身体の一部が欠損しているよ
うな人もたくさんいる。それに比べれば不細工なくらい。
手足が不自由な人には義肢や義足があるというのに、なぜ私
のように顔が不自由な人を救うものがないのだろう。常々そう
思っていたこともあった。こういうのは障害とは呼ばないのだ
ろうか。目も鼻も耳も、ちゃんと人並みについていて機能的に
は何も不自由しないのだけれども、社会の中で暮らしていくた
めには目に見えないような障害がたくさんあるというのに。
大人になって、もうそういうことで悩まなくなった。外見で
悩んでいたのが馬鹿らしい。笑い話にもならない。もちろん、
どういうわけかいまも昔以上にじろじろ見られるし、振り向い
て驚かれすらする。顔も見えないのに何故だかわからないが。
でもそれがどうしたというのだ。そんなこと知ったことじゃな
い。どうぞ、好きなだけ、いくらでも。もはや私には怖いもの
などなにもない。いつだってここにこうして隠れていられるの
だから。コーホー。耳元で聴こえる自分の呼吸音。重奏な音が
鳴り響いて部下が敬礼する。「ベイダー卿!」
了