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第七百二十七話 ベッド [萬金譚]

 底冷え。密閉されたマンションで隙間風もない部屋であっても、この寒さの
では夜になるとどんどん冷えてくる。起きている間は暖房であったまってい
るが、眠る時にはすべてを消してベッドにもぐりこむ。羽毛布団をつかった
ベッドの中は、すぐにあたたまる。
 ところでうちにはペットがいる。暖房がついているうちはいちばん暖かいと
ころをよく知っていて、クッションの上、テレビの前、ソファの上などでそ
れぞれくつろいでいる。暖房が切れてからもしばらくは暖かいところで眠っ
ているのだが。
 犬の訓練士に言わせると、飼い犬はソファやベッドの中にいれてはいけない
という。人間の居場所とはくっきりと分けないと、力の順位がわからなくな
ってよくないというのだ。だげどうちではその両方を許してしまっている。
 私たちがベッドに入ってしばらくすると、まずは犬が寝室にやってきてベ
ッドの上に飛び上がる。枕元で布団の中にはなさきを突っ込むので、私は
布団を持ち上げて中に入れてやる。少しすると、今度は猫がやってきて、
枕元でにゃあというのでこれもまた布団を持ち上げて中に入れてやる。う
ちの犬と猫は親子のように仲良しで、私たちは夫婦、犬、猫、みんな一緒
にぬくぬくと眠るのだが。
 問題はここからだ。やつらはしばらくすると、暑くなるのかトイレに行く
のか、ベッドから出ていくのだ。まずは猫が出ると犬が追いかける。しか
しまた少しすると、今度は猫がにゃあと中に入れろといい、犬がその後ろ
に並ぶ。夜中に何度かこれが繰り返される。やつらはぱっと起きてぱっと
眠れる習性だろうからそれでいいが、人間はそうもいかない。寝不足。
 さらにしばらくすると、それまで部屋の隅っこで眠っていたうさぎが起き
てきて、犬の後ろに並ぶ。またしばらくすると、廊下の先で眠っていた狐
が、うさぎの後ろに続く。さらにベランダにいた鶏が。次には虎が、猿が、
キリンが、象が、次々と寒さに目を覚まして布団の中にもぐりこんでくる
のだ。これはもうたまらない。そろそろベッドを大きなものに買い替えな
ければならない時期なのかもしれない。
                           了

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第七百二十六話 気まぐれカレンダー [文学譚]

 毎年年末になると文具店に出かけて行って手帳を物色していたものだが、こ

こ数年来、手帳を持たなくなった。すべて頭の中に入れているから、というわけ

ではない。携帯端末のアプリを利用するようにあったのだ。アプリは文字通りカ

レンダーという名前のもの。端末上でこのアプリに予定を入力すると、便利なこ

とに、パソコンの中にも自動送信され、あっちもこっちも連携して記録してくれる。

しかも、入力した予定が近づくと携帯端末が音と画面で知らせてくれるというす

ぐれものなのだ。こんな便利なものがあれば、もはや手帳なんていらない。

 そう思ってこのアプリを使ってきているのだが……ときどき困ったトラブルに見

舞われる。どうしたことなのかわからないが、入力したはずのデータが一切消え

てしまっていることがあるのだ。これはおそらくわたし自身がなにかのボタンを押

してしまうことによって、その指令どうりに機械が反応したのだと思われるのだが、

わたし自身、どのボタンをいつ押したのか、未だにわからないのだ。データを同期

させる先を選択するところでそうなったと思われるのだが、設定が複雑すぎてよく

わからない。だから、できるだけなにもさわらないようにしようと決めた。

 もう少し深刻なのが、一部のデータが消えてしまっている場合だ。なぜ深刻かと

いうと、全部消えてしまってたら、あーあと思って入力し直すのだが、一部の場合、

データが消えてしまっていることに気がつかない。だから大事な予定をすっぽかし

てしまうことになるのだ。

 さらに深刻なのが、入力データの改ざんだ。改ざんというのは大げさだが、なぜ

だか入力した日程が五日ほど後ろにずれてしまうのだ。そんな馬鹿な! と思うの

だが、事実そうなる。それもすべてがそうなるのではなく、なにかのタイミングで、ど

こかのプロバイダと同期させたときなのかどうかわからないが、五日ずれるのだ。い

や、正確にいうと、入力した本来の日程とは別に、五日後の日程にも入力されてしま

うのだ。これはうまく気がつきさえすれば、誤った日程のみを消せばいいのだが、困る

のは、自分自身が誤って正しい日程を消してしまう場合。人間思い込みというものは

あるもので、五日後の方が本来の日程だと思ってしまったら、それを信じてしまう。

 こんなことがあったものだから、充分に注意をしていたのだが、ことは忘れた頃に

起きてしまう。わたしはその期日が今日だと思っていた。だから余裕綽綽で役所に

向かったのが四日前のことだ。四日早く役所に言ったつもりだった。だが、窓口の

係員は冷たい声で告げた。

「これは、昨日の七時で締め切られていますよ」

 そんな馬鹿な! わたしは携帯端末のカレンダーを見直した。確かに二十日まで

と書いている。だが、係員が差し出した書類には確かに十五日締切と書いてある。

し、しまった! わたしは急に携帯端末のトラブルを思い出した。久しぶりに携帯端

末にやられてしまった! うかつだった。もう一度元の書類で確認しておくべきだっ

た! こんな重要なことなのに。

「な、なんとかなりませんか?」

「無理ですねえ。そういう方、結構いるんですよ。諦めてください」

「ど、どうなるんです? これが間に合わなかったとなれば」

「さぁ……ひとによって違いますからねえ、現れ方も、そのタイミングも。ま

ぁ、とにかく早いことみなさんにお別れをいうことですね」

「お別れ?」

 わたしは右へ回れをして役所を出たのだが、ふと両手を見て驚いた。手の皮

がカサカサに干からびはじめている。そして見ているうちに、両手は粉々になり、

わたしのすべては砂よりも小さな粒となって風にさらわれていった。

                                 了


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第七百二十五話 スマートフォン水没 [文学譚]

 以前、いわゆるガラケー、つまり二つ折の携帯電話を持っていた頃、胸のポ

ケットなんかにぽそっと入れていたりしてたら、トイレで上半身をかがめたとき

に便器の中にぼっちゃんということがたまにあった。それ以来、携帯電話に鎖

状のストラップをつけて、腰のベルト通しなんかにつないで落ちないように気を

つけていた。だが、その後、携帯電話はスマートフォンに変わり、胸のポケット

に入れるには大きすぎて、バッグやポーチに入れるようになるとともに、便器

に落とすということはなくなった。考えてみれば、小さからこそあんなことになっ

ていたのだなぁと思う。

 スマートフォンは、片手でがっちり持つほどの大きさなので、トイレに持って行

く時も、気軽にポケットなどには入れず、しっかrと手に持ち、トイレの中では棚

の上に預けていたりする。だから今度は忘れてしまう可能性が高いのだ。しか

しまぁ、どういうわけか、今はわたしにとってスマートフォンはいちばんのお友達

で、何をするにも一緒だし、大事なものだし、忘れるということもなく平穏無事に

つきあっているのだが……。

 ところがいまになって、大変なことになっている。大事なスマートフォンが、お友

達のスマートフォンが水浸しになっているのだ。なんでこんなことになったのか、

よく思い出せない。気がつけば水が溢れ、手に持っていたはずのスマートフォン

が目の前にぷかぷか浮いているではないか。慌てて水から引き上げて、表面を

拭いて中の水を振り払おうとしてふと思い出した。

 水没したスマートフォンを振ってはいけない。

 以前ネットで見た「水没時の注意」にそう書いてあったのを思い出したのだ。誰

でも、中の水を振り飛ばそうと振り回してしまうらしいが、それをすると、水分がよ

り奥の方に入ってしまうらしい。次に、電源を入れようとした。だが、うんともすん

とも言わない。同時にこれも思い出した。

 決して電源を入れたり、コンセントにつながな行こと。これをすると、中身が錆つ

いて、深刻な譲許になってしまう。

 ああーよかった。電源、入らないんだもの。それに……この状況ではコンセント

になんてとても繋げない。ほんとうはSIMカードを外して、スマートフォンをジップ

ロックにシリカゲルと共に入れて、適度な温度のところで乾燥させ続けるのだそ

うだ。一説には、生米と一緒に袋に入れておけばいいという話もあるのだそうだ。

だがいま、ここではそのどちらもできそうにないな。わたしはそう思いながら一面

海のようになった街を眺めた。突然やってきた地震と津波のおかげで、大阪の

大部分が水没してしまっているのだ。

                                  了


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第七百二十四話 穴 [文学譚]

 それはほんの小さなくぼみだった。歩いていて気がつかない程度の。そのく

ぼみにかかとがはまった。一瞬、膝ががくんとなってなにかにつまずいたのか

なと錯覚したが、振り向いて足元を確認してはじめてくぼみに気がついた。く

ぼみは、わたしが踏んだためだろうと思うが、ひび割れができて、小さな穴に

変わっていた。

 翌日、同じ道を歩いていて、そういえば昨日つまずきそうになったなと思い

出して小さな穴を探したが、記憶したはずの場所に見当たらなかった。だが

しばらく歩いていると、がくんと足が一段落ちる感じがして、わたしは小さな

穴に足を踏み入れていた。その穴はゴルフ場のホールより少し大きいくらい

の穴になっていた。昨日と場所が微妙に違っているように思えたが、たぶん

それは記憶違いだったのだろう。なんだ、穴が大きくなってる。これでは少し

危ないかもしれないな。そう思ったが、まぁ、そのくらいの穴はよくあることだ

と考え直して歩き去った。

 さらに翌日。わたしは同じ道を歩いていたが、道の途中が一段低くなった

段差になっていることに気がついた。こんな段差があったかなぁ。そう思っ

て段差がどのようになっているのかと見渡すと、どうやら道の真ん中に大

きなくぼみができているのだった。くぼみというより、道よりも五センチほど

低い大きな穴と言ったほうがよさそうだった。ほかの通行人は、なに食わ

ぬ顔をして通り過ぎて行くのが不思議だった。わたしだけが気にしている

のだろうか。

 数日すると穴はさらに大きくなったようで、もはや道の真ん中に穴があ

ているなんてわからないほど、道の一部になってしまっていた。だが、

その真ん中あたりに小さなくぼみがあって、わたしはまたしてもその穴に

つまづいてしまった。ご想像通り、そのくぼみは翌日には少し大きな穴に

変化し、さらに数日後には大きな穴に変わっていった。

 こうして小さな穴が広がって大きな穴というか段差に変わり、その真ん

中にまた穴ができ、新たな穴はさらに大きな穴に変わって道の一部とし

て段差に変わり、次にはその真ん中にまたくぼみができて、それが大き

な穴に変化して……こういうことが続いていった。

 いったい全体がどうなっているのかわからない。想像では非常に幅の

広い階段状になった穴が街の真ん中にできてしまったような感じなのだ

が、その大きな穴に入ってしまっているのは、どうやらわたしだけらしい

のだ。ほかの通行人はどういうわけか、上手に避けて歩き去っているよ

うなのだ。わたしも他の人と同じように穴を回避しようとするのだが、気

がつけば穴の中に踏み込んでおり、他の人々よりも数段、いや、数メー

トルも低い位置を歩いているようなのだ。

 普通に考えれば、円形の穴であれば降りていっても、その先はまた昇

りになっているはずなのだが、この穴は降りっぱなしだ。わたしは穴の

中に降りたまま上に上がれない。上がれていないのに、どういうわけだ

か家と会社の間をちゃんと行き来できている。ただわたしのいる地面が

人よりも低いだけ。その仕組みも理由もわからない。

 ついにわたしは穴から抜け出ることができなくなっているようだ。上が

っていく道がわからないのだ。誰よりも低い位置で、穴の中で生活する

毎日。わたしはもはや穴から抜け出ることができない。

                               了


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第七百二十三話 家出 [文学譚]

「で、出て行け!」

 そんな風に言った記憶はない。あいつが「もう別れる」と言うから、別れる

とかそういうことはそんなに簡単に口に出すものではないと諭すつもりで、

「それなら今すぐ」と言うと、行くところがないので今すぐは無理だと答えるの

で「別れるとか出て行くとか言うのなら、今すぐにでも出て行くべきだ。そのく

らい本気でなければ、言うべきじゃない」

 妻は、眉間にしわを寄せると、わかったとひとこと言って荷物をまとめはじ

めた。ああ、面倒くさい。なぜこうなるのだ。今回は、朝から上機嫌で二人で

朝食の準備をしているときに、冗談で「おばちゃん」と言ったことが地雷だっ

た。そんなもの、本気で言っているわけでもないのに、おばちゃんとはどうい

うことか、と俄かに機嫌が悪くなった。謝ってよというのだが、こんなことでい

ちいちキレル方がおかしいと謝らなかった。

 結局その日はまたしても一日中口をきかずに過ごし、貴重な休日が台無し

になった。夜になっても家の中の空気があんまり悪いので、僕のほうから口火

を切った結果、出て行くという話になったのだ。こんなつまらない喧嘩はしょっ

ちゅうだ。妻はしょっちゅうキレル。僕の言い方が気に入らない。僕の態度が

気に入らない。僕が誰かに言った言葉が気に入らない。僕の冗談が面白くな

い。そんなことで気分を悪くして、返事もしなくなる。一週間、長い時にはひと

月もそんな状態が続いて、どちらが折れるということもなく、自然解凍するの

を待つ。ほとんど、いやすべて妻がつまらないことにキレルことが原因なので

そのように告げると「ぜんぶ私が悪いっていうの?」と答え、謝ったことは一度

もない。「わたしの気持ちをこんなふうにしたあなたが悪いんじゃない」そう言う

のだ。喧嘩両成敗とはいうが、僕から見ればかならずあいつが悪いのに。

 自分が悪いと思っても絶対に謝ったことのない妻が、わたしに謝れという。お

ばちゃんなんて言ってごめんと言えば済むことじゃないというが、やっぱり、そん

なことよりもつまらないことでキレ過ぎると思う。

 外はとても寒そうだ。東京では雪が積もっているというニュースが流れている。

妻は家の中を行ったり来たりしてボストンバッグに身の回りの物を詰め込んでい

る。僕はいたたまれなくなって妻の身体をつかまえて言った。

「頭を冷やしたらどうだ。とてもつまらないことで、こんなことしてていいのか?」

 妻はまったく聞く耳を持とうとせずに僕の腕をどかそうとする。肩を押さえつけて

なお続ける。

「ちょっとそこに座れよ」

「手をどけてよ。あなたが出て行けって言ったのよ」

「そんなことは言ってない。君が別れるというから、そんなことは覚悟の上で

なきゃ、本気でなきゃ行ってはだめだ、と言ったのだ」

「じゃぁ、それよ」

 僕は手を離した。もう、処置なしだ。勝手にするがいい。僕は居間に戻って

ひとり座り込んだ。妻はまだごそごそしている。僕はキッチンに行って小型の

ナイフを手に取る。これで自分を刺したらとどまるだろうか。目の前で手首を

切って見せたら、出ていくのをやめるだろうか。逡巡する僕。試しに手首に刃

を当ててみる。力を加えたが、それ以上のことは出来なかった。無理だ。自分

に刃物をいれるなんて。あいつの目の前で血しぶきをあげてやったらさぞかし

格好いいだろうなと想像したのに。もちろん、あいつを刺すつもりなどさらさらな

い。そうしているうちに、玄関が音を立てて締まった。

 前にも一度、同じようなことがあった。妻は夜出ていき、近隣のホテルに泊まっ

て翌日知らん顔して家に戻っていた。僕はその日一日仕事にならなかったという

に。今回も……いや、今回はどうだかわからない。僕だって、あいつがいない

部屋の中で胸が痛むのだが、しかしあいつが居ればいるで苦しいのだ。なんで

あの性格が治らないのだろう。あんなつまらないキレ方はおかし過ぎる。それに

近隣のホテルに電話してみたが、どこも満室。夜の外はますます冷えていく。行

き場所のない妻は、今回は泊まるところなどないはずだ。窓の外に雪がちらつき

はじめた。ああ、今夜あたり、また公園のホームレスに死者がでるのだろうな、僕

はぼんやりとそう思って外を眺め続けた。

                                 了


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第七百二十二話 システム・エラー [文学譚]

第七百二十二話 システム・エラー

 新しいものが苦手。そう、たとえばみんながもってる携帯電話とか、そうい

うの。長い間、持たないようにしていたのだけれども、仕事をする上でもった

ほうがいいって言われてもつようになって十年近くすぎた。こっちからはあま

りかけないでいたら、案外使うことはないものだ。それでもたまにかかってき

た電話に気がつかなかったり、メールの仕方がわからなかったり、そのたびに

だれかに訊ねて迷惑かけてしまう。わたしは現代文明に乗り遅れた猿と同じだ

なんておもってしまう。

 そんなわたしがこんどはパソコンというものを買わねばならなくなったのが

三年前。これも、会社でぼちぼちとつかわされていたのだけれども、仕事を家

に持ち帰らなければならないような仕組みができてしまって、否応無しに購入

した。携帯電話でさえ四苦八苦しているのに、それよりももっと大きなこんな

機械、いったいどうしたものかと悩んでいたが、メールやインターネットに使

っているうちに、すこしずつなれて来たから我ながら驚いた。三年目にして、

音楽を聴いたり、デジカメ写真を取り込んだり、なかなか上出来に使えるよう

になったぞ、そう思っていたら、急にパソコンの調子がおかしくなった。画面

上に「システムエラー」という言葉が出てきて動かなくなってしまった。

 翌日会社の同僚に、リカバリー・ソフトという便利なものが内蔵されている

と教えられた通りにパソコンとの格闘にとりくんだ。すると、「ハードディス

クの初期化と再インストール」なんていう難しいことをパソコンから指示され

たのだが、表示通りに進めていったら、なんとかなった。システムというもの

を一からやり直すことによって、元どおりに動くようになったのだ。だが、そ

れまで三年かかって取り込んだ音楽や映像、写真、書類などがすべて消えてし

まっていて、幸い別のハードディスクにバックアップをとっていたから、そこ

から再度取り込み直さなければならず、それはそれで大変な作業となった。

 性格的にすべて元どおりに再現したい質だから、三日も四日もかかって、よ

うやく元どおりに近い状態まで復旧できたときには一週間が経っていた。

 何とか元どおりになって一週間後。またしてもシステムエラー。お店に持っ

ていって調べてもらったが、機械は何ともないらしい。再びハードディスク

の初期化と再インストールを勧められ、前と同じ作業をおこなった。一週間

かけて復旧できたが、そのはんつきご、またしても同じことが起きた。どう

やら何かのアプリケーションが悪さをしてシステムエラーを起こしてしまう

らしいことがわかってきた。

 もはや頭を抱えながら、もう一度同じ作業を繰り返す。繰り返す。繰り、

繰り、繰り返す返す、かえかえかえ返すかえすえすえすえす。くりかりか

りかりかえすえす。ピー〜ーーーーーシステムエラーが起こりましたーー。

                                                           了


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第七百二十一話 マスク [文学譚]

 誰かに振り向かれたり、通りがかりの子供から凝視されるこ

となど、もはや慣れっこになっていた。そんなこといまさら気

にしたところでどうしようもないことなのだから。私は不細工

だ。父と母の悪いところばかり受け継いでこうなってしまった。

そんなことで母を恨んでもしかたがない。恨むのなら神様を恨

むべきなんだろうな。世の中には身体の一部が欠損しているよ

うな人もたくさんいる。それに比べれば不細工なくらい。

 手足が不自由な人には義肢や義足があるというのに、なぜ私

のように顔が不自由な人を救うものがないのだろう。常々そう

思っていたこともあった。こういうのは障害とは呼ばないのだ

ろうか。目も鼻も耳も、ちゃんと人並みについていて機能的に

は何も不自由しないのだけれども、社会の中で暮らしていくた

めには目に見えないような障害がたくさんあるというのに。

 大人になって、もうそういうことで悩まなくなった。外見で

悩んでいたのが馬鹿らしい。笑い話にもならない。もちろん、

どういうわけかいまも昔以上にじろじろ見られるし、振り向い

て驚かれすらする。顔も見えないのに何故だかわからないが。

でもそれがどうしたというのだ。そんなこと知ったことじゃな

い。どうぞ、好きなだけ、いくらでも。もはや私には怖いもの

などなにもない。いつだってここにこうして隠れていられるの

だから。コーホー。耳元で聴こえる自分の呼吸音。重奏な音が

鳴り響いて部下が敬礼する。「ベイダー卿!」

                   了


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第七百二十話 髭 [文学譚]

 中学生になった頃から口の周りに髭が生えはじめた。学校で友達の口の周り

がとても気になる。まだつるんとしている人もいるが、自分と同じようにうっすら

と産毛が生えている子もいる。ふぅん、そろそろみんなそういう年頃なんだなと

思って、あまり気にならなくなった。

 高校生ともなると、中には立派な口ひげを生やして登校してくるような無頼派

も現れていたが、さすがに自分は毎朝じょりじょりときれいに剃りあげて、つるん

となっているか鏡の前で何度も指先で確かめた。剃りたての顎がヒリヒリするの

がとても嫌で、友達はそういうのどうしてるのかなぁと思ったけど、なんだか聞く

のは恥ずかしいような気がして。 会社に入ってからは、毎朝シェーバーでうぃ

いんと剃りあげていたのだが、午後になるともう薄らと髭が伸びていることに気

づいて、どうしたものかと悩みはじめたんだ。

「ねぇ、こういうのどうしてる?」遂に仲良しの同僚に訪ねてみた。

「え、髭?」

 どきどき。そんなの簡単だ、そう言うのを期待したけど、私の顔を覗き込み

指で撫で回してから「脱毛!」と言った。「そんなに濃いのでは、コンシーラー

でも無理。教えてあげようかとは思ってたけど」身体のことなど恥ずかしくてな

かなか他人に聞けない。普通、女子には髭が生えないものだということを、あ

たしははじめて知った。

                                ~了~


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弟七百十九話 やさしさの理由 [文学譚]

 みんなやさしくしてくれる。昔からそうだ。父も母もとてもやさしかった。

世間は厳しいなんて教訓を説く人もいたけれども、私にはとてもそうは思えな

い。学校に通っているときも、会社に入ってからも、嫌な人は一人もいない。

少なくともそう思っていた。この日までは。

 五十を過ぎて、父も母もこの今世を去って、私は天涯孤独になってしまった。

だからというわけでもないが、なんとなく生活にもゆとりが生まれて、ボラン

ティア活動に参加することになった。知的障害者を中心に、さまざまな障害を

持つ人たちとその家族による自助団体だ。なぜその団体を選んだかというと、

単に健常者のボランティアが少なくて困っていると聞いたから。

 はじめて参加した集会には、二十数名が集まっていた。受付でメールをした

ボランティア希望者であることを告げて「何かお手伝いしましょうか」と訊ね

た。すると、健常者である受付の男性がとてもやさしく答えた。

「ありがとうございます。でも、今日は人数が少ないので、大丈夫ですよ。皆

さんと一緒にあちらの席で楽しんでください」

 しばらくすると代表者の挨拶がはじまり、その終わりに私が紹介された。今

日の初参加は私だけのようだ。

「今日はお友達が一人増えました。あ、関さんと同じ障害を抱えてらっしゃる

方ですね。皆さん仲良くしてあげてくださいね」

                        了


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第七百十八話 学校 [文学譚]

 昨年の春から学校に通いだした。もういい歳だというのに、何をいまさらと

思われるだろうが、夫の定年退職時期を間近に控えて、いろいろ考えてみたの

だ。いままであまりにも安穏と過ごしすぎた。なんでもない日々をただ、ただ、

過ごすだけに明け暮れた毎日。子供も巣立ってしまい、年寄りだけが取り残さ

れた家の中で、自分の人生になにを刻むでもなく歳だけ刻んできてしまったと

いうことに気づいたとき、そこに残された思いは虚無感だけ。この上夫が職を

離れてずーっと家にいつくようなことになってしまっては、もう自分の居場所と

いうものがなくなってしまうのではないかと畏れた。

 何かをしなければ。いや、まずは何かをはじめる準備をしなければ。気持ち

ばかりが焦りはじめ、なにをどうしようかと迷い続けていた頃に目に飛び込ん

できたのが学校の存在だった。こんな学校があるなんてぜんぜん知らなかっ

た。もし、知っていたらもっと早くから行っただろうか。いや、それはないかな。

自分の興味がそこには向かっていなかっただろうから。昔なら、手芸だとか、

絵画だとか、詩歌だとか、そんなことを習いたいと思っただろう。いま、夫の定

年が迫ってきているいまだからこそ、この学校に行きたいと思うのだ。

 夫にはほんとうのことを伝えていない。絵画教室だと嘘をついている。だって

知られたらたいへんだもの。間違いなく非難されるだろう。そんなことを習って

どうするつもりなんだ。俺をモデルにするつもりなのか? いえいえ、あなたは

モデルなんかじゃありませんよ。あなたは標的です。定年退職して家でごろごろ

されるくらいなら、その前に私はあなたをなんとかしたいのよ。だからこの学校

に行くことにしたんじゃないの。

 私はバッグの中に隠している教則本を取り出してひとりにんまり笑を浮かべ

る。学校を終了して、いよいよ実践するその日のことを思い浮かべながら。

に殺人学校刊と書かれている教則本のタイトルは「誰でも簡単、ヒト殺し」。

                      了


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