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第六百九話 感情移入 [日常譚]

 テレビドラマを見終わった加奈子は、しばらくその場を動けないまま既にCM

に変わってしまっている画面を呆然と眺め続けていた。ドラマの筋自体は、

愛と仕事を絡ませたよくあるメロドラマなのだが、OLである主人公の設定が、

自分の境遇とそっくりだと思っているので、人ごととは思えず、毎週欠かさず

待ちかねて見ているのだった。次回はいよいよ最終回で、今週はラストにつ

ながる大波乱の展開なのであった。つまらないことから、上司であり恋人で

もある彼氏との間に亀裂が生まれ、別れの予感がしている。そのつまらない

ことを呼び寄せたのは、主人公が最も信頼する親友でもある同僚なのだ。人

間関係を大切に思う女子にとって、友の裏切りほど悲しい話はない。

 次の番組がはじまるころになってようやく、加奈子は気を取り直して立ち上

がり、キッチンを片付けてからシャワーを浴び、眠りについた。

 翌朝、先に旦那を送り出し、部屋の中を少し片付けてから出社した加奈子

は、いつものように事務仕事をはじめたのだが、しばらくすると親友でもある

同僚の久美子が油を売りにやって来た。それは毎日の行事のようなものなの

だが、この日加奈子は久美子の来訪を無視した。

「あれ? 加奈ちゃんどうしたの?」

 不思議な顔をして久美子がすり寄ってくるが、加奈子は無視し続ける。

「体調でも悪いのかしら? 大丈夫、加奈子さん?」

 久美子が心配してなんのかんのと声をかけてくるので、加奈子は切れそうに

なりながらもついに声を発した。

「何よ! 友達みたいな顔をしてすり寄ってこないで! あなたのせいよ! 

あんなことになったのは!」

「え? どうしたの? 私何か悪いことしたかしら?」

「とぼけちゃって!私、知ってるのよ。ちゃんと見てたんだから。あなたがあ

んなことを会社で言いふらすから、彼との仲が、今終わりそうなんじゃない!」

「私が言いふらした? 何を? それに、彼氏との仲って? あ、また喧嘩した

んでしょ。そうよ、きっとそうに違いないわ」

「喧嘩? 喧嘩なんてしてないわよ。あなたのせいでもう、顔も見てもらえない

のよ! 私たち、もう、おしまいなんだわ!」

 泣き出す加奈子を前にしてどうしたものかと考えていると、加奈子の上司が

自席から声をかけてきた。

「おい、どうした久美子さん、喧嘩でもしたのか?」

 ほらほら、加奈子、上司が心配してるわよ。そう声をかけられた加奈子は、

目がくらみそうになった。あの人は私じゃなくて久美子に声をかけてきた。心

配されてるのは、告げ口をした久美子の方だ。私は、私は・・・・・・。

「加奈子、何してるのよ。夫婦喧嘩を会社にまで持ち込まないで。ほら、上司

が、旦那が呼んでるわよ。話をしておいでよ、ほらぁ」

 むりやり久美子に肩を押されて立ち上がった加奈子は、上司の姿を見て思

った。違う。私が恋してるのは、そして今別れ話が出ようとしてるのは、こんな

むさくるしい親父じゃない。これは私の上司でも恋人でもない。いったいどうい

うことなの? 何が起きているの?

「もう、世話がかかるわね! 早く彼のところに行きなさい!」

 内心久美子は思っていた。だから困るのよね、社内結婚でそのまま夫婦して

同じ職場にいられたらさ。周りが迷惑だっちゅうの。加奈子だけは違うと思って

たけど、やっぱり、どこの夫婦も同じね。職場は離れて方が、きっと上手くいく

わ。昨日のあのドラマだって、主人公の友達も同じように考えていたから、あ

あやって、二人の間に水をさしたんだわ。私にはよくわかるわ、彼女の気持ち

が。あら? 久美子はそのときはじめて気がついた。なんだかドラマと現実が

よく似た設定になってるわと。

                         了

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