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第五百九十八話 ピアス [怪奇譚]

 ここ数年、ピアス人口はぐっと増えたように思う。その一方で未だに体に

穴をあけるなんてと怖がる人も多いのは事実だ。

 耳に穴をあけると、人生が変わってしまうというまことしやかな噂は、今で

もあるのだろうか。私自身もピアスをあけた当時、その噂を少しは気にした。

だが、好奇心が打ち勝って、両耳に穴をあけた。しばらくしてから友人に「人

生変わった?」と訊ねられ、別にと答える前に少し考えてみると、ピアスをあ

げることによって、私の人生は少しだけど、変わったような気がする。ピアス

をあけている人を羨望することも、色眼鏡でみることも、恐れることもなくな

ったし、いろんなことに少しだけ大胆になったような。だが、そのくらいの変

化は、ピアスをあけようがあけまいが、多かれ少なかれあるものだと思う。だ

からやはり、穴をあけたからといって、人生が変わるものではないと思う。
 ピアスにまつわる噂はほかにもある。耳にあけた穴から白い糸が出るという

話だ。その糸というのは、実は神経繊維で、糸を引っ張ってしまった人は、頭

が変になったとか、死んでしまったとか、話によって結果は違うようだ。


 そこまでの恐怖話ではないが、痛いピアスの話はほかにもある。これは実話

だ。仕事で出会った若いスタッフの話なのだが、彼女は片耳だけピアスをして

いて、ビアスのない方の耳は、少し欠けていた。その耳はどうしたのかと訊ね

ると、何年か前に、大きなリングのピアスをつけていたそうだが、それがどこ

かに引っかかってしまい、耳ごと千切れてしまったのだという。千切れてしま

った耳は、もう塞がらないそうだ。この話を聞いて、私は決してリングはつけ

ないようにしようと思った。


 だが、リングじゃなくても、ピアスというものは、髪に引っかかって絡んだ

り、帽子か何かに引っかかって取れてしまったり、いつのまにか外れてなくな

っていたりということがある。


 他の人がどうしているのかは知らないが、無精な私の場合、ビアスは四六時中

つけたままだ。入浴時も就寝時も、外さない。だから年にひとつやふたつはな

くしてしまう。厄介なのは、片耳ずつなくなってしまうということだ。両耳で

セットのピアスは、片方だけではバランスが悪い。片耳ずつ違うピアスをつけ

てもいいのだか、本人としては、それは許せないのだ。だから、残った方のピ

アスと似たようなモノを探して手に入れようと努力するのだ。

  実は今も、片方無くしたビアスと似たモノを探してアクセサリー店に入った

ところだ。数店物色して、ようやく似たようなモノを見つけたのだが。何かが

足りない。


「あのう、これって」

「いらっしゃいませ。こちらでございますか?」

「このビアスって、この金具の先はないんですか?」

「はぁ〜金具の先〜あの、金属アレルギーか何かで? 金具でしたら、取り替え

は可能ですよ」


「いえ、金具は、このままでいいんだけど……」

「この先といいますと?」

「私、ビアスを引っかけてなくしたんです。その時に、一緒に取れちゃったん

で、似たようなのを探してるんです」


「なるほど。見せてもらってもいいですか?」

「どうぞ」

「! お客様、これは・・・うちでは無理ですね」

「そ、そんな。ビアスは似てるのに」

「いえ、無理です」

 やはりそうなんだ。ピアスにも流行り廃りがあって、昔買ったのと同じよう

なのは、なかなかないんだけれど、その上、耳までついたのとなると〜。今回

私は、右耳につけたピアスを、耳ごと失ってしまったのだ。


                          了

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