第五百九十五話 人面瘡 [怪奇譚]
人面瘡ってしってるかい? 違う違う、人面犬とか人面魚とは違う。瘡って
いうのはね、デキもののことさ。瘤とか、カサっていう地域もあるね、とにかく
そういうの。身体の皮膚の上にぷくっとできるやつ。普通はね、瘡の中に溜
まっている膿を出したら治るっていうものなんだけどね、時々治らないのが
できちゃう。そのうちね、その瘡になんか模様みたいな皺みたいなのがある
なーって思っていたら、二~三日でその皺が顔みたいになってるのね。あら
らって言ってる間に、目ができ鼻ができ口ができ、しゃべりだすの。腹減った
とか、うるさいとかね。本当だよ。ほら、ちょっと見てみ、俺のここ。でこの真
ん中。ほらここ。小さいぷくってしたのがあるだろう? なんか目鼻みたいな
のがわからない? うーん、大分小さくはなってきたんだけどね。もうこれよ
り小さくならないみたいなんだ。
最初はね、首の後ろにね、ぷくってなんかできたかなーって。首の後ろだ
から鏡でも見えないし、人からいわれてはじめて気がついたのね。ちっちゃ
なイボくらいだったのがだんだん大きくなってね、なんか後ろから声が聞こ
えるなーって。そう、自分では見えないから、瘡に目鼻ができてるなんて気
がつかなかった。口ができて言葉を話しだしてはじめておかしいなって気
がついたんだろうね。でもね、そのときにはもう、瘡はそうとう大きくなって
たよ。そうね、ピンポン玉くらいかな。そこまで大きくなっちゃうと、その先
は早いよ。すぐにテニスボールくらいになって、一晩で最初からあった頭
と同じくらいの大きさになった。
こうなると、もうどっちが頭かわからないよ。まるで首から上のシャム双
生児みたい。本人は驚いてね、恥ずかしくって外にも出れない。だけど、
仕事とか買い物とか外に出ないわけにはいかない。だから後ろの瘡に
布をかけて隠して外に出るんだけど、布をかぶせられた瘡は黙っちゃ
いないわな。なんだこりゃぁ、暗いわ! 暑いわ! 鬱陶しいわ! ぎゃ
あぎゃあいうものだから、おちおち通りも歩けない。三日目にはもう、精
神的にまいってしまって床に就いてしまったね。人間弱っちまったらもう
いけないね。どんどん気弱になって、もうだめだとか、もう死んでしまう
とか。だけど瘡は元気で、腹が減った! 飯だ飯! 酒飲ませろ! っ
て喧しい。それでますます弱っていくと、人間どうなる? どんどん小さ
くなっていくよ。胸を張って堂々と生きていられる間は、人は大きくなれ
るし、人からも大きく見えるものなんだけど、自信をなくしたり、生きる気
力を失ってしまうと、どんどん萎びていくよ。だから弱ってしまった頭はど
んどん小さくしぼんでいって、身体は瘡に乗っ取られてしまった。
え? なんだって? お前は山本じゃないのかって? おう、俺は山本
だ。ただ、元の山本の頭はな、ほれ、これ。デコのところにあるこのホクロ
みたいなの。な、目鼻みたいなのがあるだろ? いまは疲れて眠っちまっ
たみたいだけどね。もうこれ、うっとおしいからとってしまおうって思ってね。
俺、今から整形外科に行くところなの。なんでもこれくらいのイボやらホク
ロなら、レーザーでビッって焼き取ってくれるんだって。え? 前の顔より
男前だって? そうかい、それはどうも。じゃ、行ってくらぁ。
了