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第五百八十九話 刺激 [文学譚]

 こうして毎日、物語なんか書こうとしていると、遂に話題が尽きてしまいそ

うになる。毎日毎日、違うお話を考えて、なんとかひねり出して、ひねり出る

のは飽くまでもネタに過ぎないから、そのネタからなんとかお話をコネ出して、

ようやくほんのささやかでつまらないお話を書き出すのだ。

 人によって作法は違うのだろうが、私の場合、ワープロソフトを立ち上げた

パソコンの前に、じーっと座っていても、何もはじまらない。何か脳みそに刺

激を与える必要があるのだ。刺激といっても、本を読んだりテレビを見てし

まっては元も子もない。だって、頭がそっちに行ってしまうから。肝心の書く

作業を忘れてしまって、人が作ったコンテンツに意識が傾いてしまうのだ。

脳に刺激というのは、そういうソフトウェアのことではなくって、物理的に

刺激を与えるってこと。

 最初の頃は、椅子から立ち上がるだけでよかった。ネタに詰まったら、立ち

上がってうーんと伸びをすれば、ポロリと何かが頭の中に転がり出る。ああ、

その話があったか! とすぐに座って書きはじめる。ところが、人間の身体っ

てものは、すぐに慣れてしまうんだね。睡眠薬を毎日飲んでいると、だんだん

効き目が薄くなっていくように、頭脳に対する刺激も、最初にやってみた立ち

上がるってだけでは効果が出なくなった。そこで、立ち上がって、一歩歩いて

みる。実は、歩くという動作は、直接頭に響いて良い刺激になる。その証拠に

散歩なんてしていると、頭がどんどんスッキリして、様々なアイデアが湧いて

来ると思わないかい? まぁ、そんな感じで、立ち上がって一歩、二歩机の周

りに踏み出すだけで、次のアイデアが溢れ出た。だが、これもすぐに慣れてし

まって、もう少し先へ歩く、トイレに行く、外に出てタバコを吸ってみる、頭脳に

刺激を与える方法はだんだんと大きな動きを要求するようになった。だからと

いって散歩にまで行ってしまうと、これはまた書くという動作を中断することに

なってしまうのでよろしくない。そこで、今度はアシじゃなくて手を使った動作

に変えてみる。転がっているボールを放り投げる。ブーンと飛んでいる蚊を

パチンと叩く。窓にやって来た蜂か何かを叩き潰す。だが、これも次第にエ

スカレートしてきている。困ったものだ。今や、きている服を破り脱いでも、

履いている靴を蹴り投げても、何も浮かんでこない。昨日は遂に、同じ部屋

で仕事をしている同僚に手を出してしまった。突然、殴りつけてしまったのだ。

本人は鼻から血を流しながら、いったい何が起きたのか信じられないという

顔をしていたが、今日は休んでしまっている。同じ部屋にはほかにも同僚が

いるが、たぶん今日は殴っただけでは何も生まれないだろう。

 今日の物語を生み出すために、新たな刺激を脳に与えるために、私は今

机の引き出しからカッターナイフを取り出した。カリカリカリっと刃を五センチ

ほど伸ばした状態で、今右手に握っている。目の前には二人目の同僚の背

中がある。こいつをどうしてやろうか。おい、私の頭脳よ、これをどうしたら刺

激として受け止めてくれるんだ? なぁ、よぉ、おい。

                                 了

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