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第六百三話 憑依 [怪奇譚]

 愛する息子は布団の上に横たわったまま既に息をしていない。妻があの子の

命を奪い取ったのだ。次に妻は目を覚ました私の上に乗りかかって、口内に何

かを注ぎこもうとするかのように鼻をつまんで口を開けさせようとした。私は一瞬

何をされているのかわからなかったが、寝ぼけた頭が覚醒してくると同時に、横

たわっている息子の姿を目にし、妻がしようとしていることを咄嗟に理解した。私

は怪しく光る妻の喉元を凝視しながら首に手をかけた。力では私の方が大きく上

回っている。抵抗してもがく妻に掴みかかって、体制を逆転させ、妻に馬乗りにな

ってその首に手をかけた。妻の首の辺りにとどまっていると思われる怪しい何か

を絞り出すために、首に手をかけて思いっきり締め上げた。暴れる妻は苦しそう

な声を何度もあげたが、喉に引っかかっているそれは出てこない。口の中に手を

突っ込もうとしたが、私の手が大きすぎて妻の口に入らない。今手を離すと、また

体制が逆転してしまうかもしれない。私はさらに力を込めて美しい妻の首を絞め

た。妻はぐぅと言ったきりぐったりとして動かなくなった。私は警戒した。妻の首の

辺りにいるはずの何者かが出てくるんじゃないかと思ったからだ。だが、妻の口

からは何も出てこず、しばらくしてから透明な液体状のものが流れ出た。その液

体が人間のものではないことはすぐにわかった。見ているうちに蒸発して影も形

もなくなってしまったからだ。妻の中にいた何者かは、妻の死と同時に死んでしま

ったのだ。

 なぜこんなことになったのかまったくわからない。ただ、異変らしきものはあった。

昨夜、食卓に置いてあった赤い怪しい光を帯びた不思議な物体だ。妻が言うには

息子が近所の公園で見つけたらしい。妻が息子を保育園に迎えに行った帰り道、

近所のマンション建設を控えて空き地になっている土地で赤い光を放っているの

を見つけた息子は、あっという間に走って行き、手に持てる大きさのその石を拾っ

て帰ったそうだ。妻は少し気味悪く思ったが、息子が拾ったそれをみると、石にして

みればなめらかで割合いきれいな物体に見えたので、子供が忘れていった玩具の

部品かなにかだろうと思って持たせたままにしておいたという。食卓の上にそれを

見つけた私も、息子の玩具だと思って気にも止めなかったのだが、怪しい光が不思

議に思えて妻に訊ねたのだった。

 朝、全てが終わってからひとり呆然として食卓に座って妻と息子の遺体を見つめ

ていた。腹が減った。冷蔵庫から牛乳と食パンを取り出して、何も考えずに口に入

れた。そのとき、夕べからあるあの赤い石が目に入った。石はもはや赤い光を帯び

ておらず、ただのカプセルになっていた。ちょうど空になったガチャ玉の殻のような

感じだった。昨夜はあれほど奇妙な存在感があったのに、いまはただそこにあるだ

けのゴミ同然の物体だった。私は悟った。この中にいた何かが妻に入り込み、妻の

身体を乗っ取ったのだと。もはや妻と共に死んでしまい、溶けて消えてしまった今と

なっては確かめようもないが、カプセルの中に何かがいたのに違いない。それは

宇宙から来た何者かなのか、あるいは地中から溢れ出た悪魔のような存在なのか。

いずれにしても、妻を操って子供の首を絞めたことには変わりはない。そしてその

次に私をも殺そうとしたのか、あるいは、私の体も乗っ取ろうとしたのか。

 証拠も何も残っていない。今、冷静に部屋の中を眺め、落ち着いて考えてみると、

妻と子供の遺体が示していることは、私が二人を殺したに違いないという状況だけ

だ。愛する妻と子供を私が殺した・・・・・・誰がみてもそう見える。もはや言い逃れは

できない。少なくとも、妻を殺したのは紛れもない私なのだから。

「妻が暴れるので殺した」

 私は誰にということもなく・・・・・・多分現場を発見するであろう警察に向けてそう

書いたメモを残し、家を出た。どうすればいい? どうする? 自分が犯人ではな

異ことは自分がいちばんよく知っている。自首することはできない。自首すれば、

事実しか私にはわからないから、狂人か嘘つき扱いされるしかないだろう。

 どうすればいいんだ。もう、逃げられない。逃げても仕方がない。愛する妻と息

子を失った今、私はもはや生きていく希望も気力もない。ただひたすら何も考え

ずに、私はハンドルを握って車を走らせることしかできないでいた。

                              了


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