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第五百九十七話 モーニングコール [怪奇譚]

 だらしないとか、癖が悪いとか、言わないで欲しい。小さいときから朝に弱

いんだ。夜ふかししてなくても、体調が悪くなくても、とにかく目覚めが悪い

だ。こういうものは普通、大人になれば治るものなのだろうが、ぼくの場合は

大人になってからでも誰かに起こしてもらわないと決まった時間に起きれな

いのだ。時には一旦は目覚めるのだが、寝ぼけたまま二度寝してしまう。二

度寝などしてしまった時には、そうでないときよりも事態は悪くなる。二回目

はより深く眠ってしまうからだ。大学を出て、会社に通うようになると、親元

を出て一人で暮らすようになった。これを機会に自力で起きることに決めた

のだが、毎朝遅刻続きで、ついに母親に電話をして、家にいた時と同じよう

に起こして欲しいと頼んだ。

「あんたは、ダメだねえ。本当に躾が悪かったのかしら? 小学校の頃は仕

方がないと思っていたけど、中学・高校に入ってからも毎朝起こさなくては

起きないんだもの。大学生になってからは毎朝起こすこともなくなったけれ

ど、あれは早朝の授業がなかったからなのねぇ、本当に困った子」

 困った困ったと言いながらも、母は毎朝決まった時間にきちんと電話をか

けて起こしてくれた。

「おはよう、早く起きて会社に行かなきゃあ!」

「・・・・・・うんわかった」

 毎朝、それだけの会話が交わされるだけの電話であったが、眠り惚けて

電話に出なかったりすることがあると、母親は心配して何度も何度もかけ

直してくれていた。だが、いい大人がいつまでもこんなことではいけないと

言い出し、もうモーニング・コールなんてしないほうがいいんじゃないの?

という話にもなった。ぼくは本当にそうだなぁと思い、でも不安なので、で

は、ぼくが電話に出ようが出るまいが、とにかく決まった時間に三回だけ

ベルを鳴らして欲しいと伝えた。

 それからは、朝七時になると、ぼくの部屋の電話は三回だけ鳴るように

なった。ぼくは受話器を上げることはなかったが、電話線の向こうで心配

そうに受話器を耳に当てている母の姿を思って自力で起きるようになった。

 こんな生活が十年も続いた頃、ぼくはまだ結婚もしていなかった。そして

実家では母親が病気になり、半年の闘病生活の末、天国に逝ってしまった。

残された父親と共に葬儀を行ったあと、ぼくは五日間の忌引き休暇の間実

家で後片付けをしていたが、週末には自分のアパートに戻った。月曜日か

ら出社しなければならないからだ。これからは本当に自力で起きて会社に

行かなければならないのだ。

 月曜日。ぼくは七時十分前に目を覚ました。母を失ってやっと、本当のひ

とり立ちができたのだ。目は覚ますが、相変わらず寝起きは悪く、ベッドの

中でうだうだしているぼく。だが、七時にはちゃんと起きて着替えなければ

ならない。壁にかかった時計の針が七時キッカリをしめしたとき、ルルル、

ルルル、ルルル。電話が三回だけ鳴って、切れた。

                                  了


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