第五百九十九話 異常気象 [妖精譚]
胡瓜が異常に曲がっている。U字に曲がっているだけならまだましな方で、
瓢箪のように段々になっていたり、バナナのように大きくふくれあがってい
たり、奇形ともいえる奇妙な形だ。茄子も大きく成長しないまま成熟してし
まっている。葡萄は一房の中に紫のと緑のが混在している。
「実りはじめに水分が足りなかったりするど、こんななっちまうんだで」
農家の主人が嘆いた。今年の夏はほんとうに暑く、しかも九月に入っても
真夏日並みの残暑が続いているという異常さ。そのために各地で水不足が続
いて、どの畑もからからに渇いてしまっている。なんとか手当した水も全土
には行き渡らず、ほんとうなら充分に育っているはずの作物はどれもこれも
が成長しないまま枯れようとしている。
日本人の場合、夏の気温に耐えることができるのは三ヶ月が限界だという。
ホルモン異常などの現象が起きるという。 もしこれ以上、この暑さが続いた
ら、いったいどうなってしまうのだろう。胡瓜や茄子は生育の初期段階で水
が足りないと奇形になってしまうというが、動物は、人間はどうなのだろう。
この夏、近所の野良猫が妊娠しているのを知っていたが、いつの間にか生まれ
たようで、昨日は小さな鳴き声を聞いた。注意深く子猫の存在を探してみたら、
草むらに小さな影が動いた。だが、それは猫には違いないのだが、後ろ足が小
さく縮み、まるで膝行りのように前足だけで張っているように見えた。もう一
匹は背中が大きく曲がり、それはUの字を逆さまに置いたような以上な姿だっ
た。異常気象による水不足は、動物にも影響を与えるのか。
妻はいま妊娠中だ。三ヶ月。つまり、水不足が続いているときに胎児の生育
が進行していたということになる。超音波による胎児の写真をみても、小さ過
ぎて男女の区別もまだわからない。来年四月、私は第一子を持つことになる。
今年の夏は暑かったが、来年はきっともっとましな世界に戻ることだろう。赤
ん坊も健やかに生まれてくれることだろう。
了