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第九百七十五話 終活しようと思う [文学譚]

 軽く乾杯してビールのグラスをテーブルに置くと同時にとりあえずの一品が運ばれてきた。割り箸の先で豆腐の隅っこを少しつつきながら相談するともなく呟いた。

「そろそろ終活はじめなきゃなと思ってるよ」

「え? シュウカツ? どゆこと?」

 友人の優治が眼を大きく開けてもう一度聞き直してくる。

「いまの会社、辞めちゃうってこと?」

「辞める? なんでそうなるのよ」

「だって、就活するって、いま言ったろ? 就職活動するんだろう?」

 ああ、やっぱりそっちにとったか。学生とかだったら就職活動だろうけど、すでに仕事を持ってる大人の場合は別の意味があるじゃない。

「そっちじゃなくて、終活のほう。終わりって書く方よ」

「ああ、なぁんだ。終わりの方かぁ」

 優治はああ勘違いしたっていう顔をしてビールを飲み干したが、最後の一滴くらいで急にむせた。

「けほっ。ちょっと待ってよ。それ、聞いたことある」

「そりゃぁあるでしょうよ」

「終わりの活動って……つまり死んでいくためにっていう……おい、なんかあったのか?」

 わたしはわざと黙っている。ちょっとくらいこの人を脅かしてやってもいいだろう。

「もしかして、どこか……調子でも悪いのか?」

 うつむいたまま声を出さない。

「ど、どうした? もしかして……癌……とか……」

 うつむきながらくくっと笑いそうになるのを堪えて準備をする。充分に間をおいてからパッと顔を上げて言った。

「えへへ、そんなじゃないよ。終わらせるのは命じゃないよ」

「え? じゃ、なに?」

「二年半前からずーっと続けていたあれよ」

「あれって……なに?」

「ブ・ロ・グ」

「ぶ・ろ・ぐ? ……ああ、君が毎日続けている千日前とかいう……」

「もう! 千一話!」

「ああ、それか。なぁんだ」

「なぁんだって……心配した?」

「したよう。で、その千一話、辞めちゃうの?」

「辞めるっていうか、終わっちゃうのよ」

「なんで? あんなに熱心に毎日続けていたのに」

「うん。でもあとひと月足らずでタイトル通りの千一話になってしまうのよ」

「ふーん、そうか。すごいな。毎日一話で千一話ってことは……ええと」

「二年と二百七十一日」

「約三年かぁ。うん、エライ! 御立派!」

「なによ、その御立腹みたいな、カッパみたいな言い方」

「え? なにか気に障った?」

「いや、どーでもいい。そんなことより、どうやって終わらせたらいいのかなって」

「ああ、その終活ってことか」

「やっと話が戻った」

「パーっと大パーティでもするか!」

「パーティって、別になにも祝福するようなことでもないし」

「でも、めでたいじゃない」

「お金もないし……」

「う。それは痛い……もっと続けたら?」

「それもあるけど……もうちょっと限界かも」

「そんなこと言わずに」

「どっちにしてもとりあえず、いったん終わらせて、それから次のことを考えようと思ってるんだけど……」

「その終わらせ方が問題?」

 ブログをはじめたきっかけは眉村卓の「千七百七十八話の物語」だ。眉村さんの千七百七十八話目は、癌と闘っていた奥様が逝ってしまった日に見えない文字で書いたものだ。言葉にはしきれない感情を見えない文字で書き綴っているから、読者の目には白紙にしか見えない。だけども、奥様のために書き続けた物語を終わらせるエンディングストーリーが描かれているはずだ。わたしにはそんなドラマはない。ただ機械的に、トレーニングのために、趣味的に、持て余しそうな時間を埋めるために、なにかを達成したという気分を味わうために、毎日なにかと闘っている気分になるために、いつかは立派な書き手になれるかもしれないという気持ちを安心させるために、そしてなにかわからないもののために二年と二百何十日書き続けてきただけなのだ。そんな自己満足な物語のエンディングなんて……。

「ねぇ、お願いがあるんだけれど」

 思い切っていま思いついたことを優治に言ってみる。実現すればドラマティックなエンディングになるかもしれない。

「恐いな、君から出たお願いなんて言葉。なによ」

「あのね、十月二十日。それが最後の日なんだけど……死んでくれない?」

「千一話のために?」

「そう。線一話を終わらせるために」

「わかった。君の頼みだ。なんとかしよう…………ってわけないだろが!」

「そうよね。やっぱり」

                                          了


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