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第九百六十話 漏れている [脳内譚]

 かつて喘息の持病を持っていた。小児喘息ではなく罹病したのは大人になってからだ。毎日咳が出るなあと思っていたらそのうち咳が止まらなくなり、病院を訪ねてみたら緊急入院と言われた。血中酸素が不足しているということで二週間の入院で正常値に戻して退院した。

 大人になってからの喘息は完治しないと言われたが、毎日続けていた薬剤吸入の回数は自然に減っていき、数年後にはいつの間にか喘息の発作は年に一、二度ほど季節の変わり目に軽く咳き込むくらいでほとんど出なくなっていた。

 ところがそんなことも忘れてしまった頃、妙に喉に痰が引っかかるようになった。常にエヘンとかクァッとかいう様はまるで老人になってしまったようで、嫌だった。咽喉科で診てもらっても、アレルギーだと言われその都度投薬はされるもののいっこうに改善しない。このくらいのアレルギー症状は病気扱いされないようだった。同じような症状で困っている人が他にもいるのではないかと考えてネットで検索してみると、ブロンコレアという病名が出てきた。気管支漏といって一日に百ミリリットル以上の透明な痰が出る場合をいい、それは難治病だという。ははぁ、これに違いないと思って医師に訊ねると、「そうですよ、こういうのは全部それです」と、困惑もなく告げられた。

 他人のケースをみても、ほとんどの場合原因は特にわからないらしく、私の場合もアレルギーという得体の知れない原因にされている。気管支漏というくらいだから、粘膜が弱っているかなにかで粘液が漏れているのだろうが、原因不明というのは気持ちの悪いものである。

 皮膚にしろ粘膜にしろ、ミクロで見ると小さな孔が空いているというのは想像できる範疇であるが、本来はそこから体液が漏れたりはしないものだ。どういう仕組みかはわからないけれども、おそらく体液の粒子の大きさよりも粘膜孔の方が小さいからなのだと思う。だとすると、何らかの故障で粘膜の孔が広がってしまったのかもしれない。そこから体液である粘液が漏れ出てしまって、喉のところにたまっていくのだ。医師が言ったわけではないけれども、きっとそういうことに違いないと確信した。

 しかしまてよ、そういうことは喉のところでしか起きないのだろうか? 内耳のあたりで声がした。「それはいいところに気がついたね」だ、誰? 「人間の身体は精神に影響される。精神が弱れば肉体も弱る」それはなんとなくわかるが……「要は君は喉の不調に気づいてしまったんだ。だからますます漏れはじめた」つまりなに?「今度は粘膜全体、皮膚全体に気づいてしまったようだ」ど、どういうこと? だからなに?「残念だけど……これからはほかの部位からも漏れることになったよ。自分でそうしてしまったわけなんだけれどね」ちょ、ちょっと……。

 なぞの言葉を最後に声は止まった。あれは、私自身の肉体の声? そんなことって……そこまで考えたとき、頭の中がぐにゃりとするのを感じた。なに? なんだ? 意識に雲がかかる感じの中で、これは脳が漏れはじめているのだと直感した。

                                                    了


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