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第九百五十八話 囚人の戯れ言 [文学譚]

 朝昼晩、食事は欠かさず口に入る。夜は好きな時間に眠るが、朝は決まった時間に起きなければならない。お勤めがあるからだ。

 仕事は毎朝八時からはじまる。早いがそういう決まりだから仕方がない。毎日の生活の基盤だから辞めるわけにはいかない。昼食の後は少しだけ運動の時間がある。みんな外で散歩したりバレーボールをしたりして身体を動かす。毎日少しだけ運動をするということも健康維持のためには大切なことだ。夕方五時に仕事が終わって自由な時間になる、本を読んだり、音楽を聴いたりして過ごす。七時きっかりに飯を食って後は眠るだけ。一見単調に思える日常だが、なんの不満もない。ろくにご飯も食べられない貧困だって世界にはあるというのだから、こうして日々お腹を満たせる静かな暮らしになんの不満があるだろうか。

 牢屋に閉じ込められ自由が欲しいと思い続けていた囚人がいたそうだ。彼は十年間我慢してようやく刑を終えて出獄したが、毎日手に入れた自由を楽しむために仕事にもつかずぶらぶらしていたが、食事にありつけなくなって盗みを働いた。年寄りの家に忍び込んだのだが意外と機敏で抜け目のない爺さんに見つかって牢屋に逆戻りした。もう自由を求めることはなくなった。

 この話はある種の寓話だと思うのだが、私には何の感慨も得るところもなく、当たり前の話だと思える。そもそも私は自由に食べて自由に眠り、自由に働いているのだから。もちろんひとつだけどうにもならないことはある。

 私は生まれてから今まで囚われの身であり続けているということだ。囚人のように鉄格子の中に閉じ込められてこそいないけれども、肉体の牢から逃げ出すことができないでいるのだ。だがいつか近い未来にこの中から抜け出せる日がくるとして、果たしてそれは自由になるということなのかどうか、もしやあの囚人のようにまたもとの牢に舞い戻ることになるのではないのだろうか。そう思うとやはり今のままが最良の生き方のように思うのだ。

                           了


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