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第九百六十九話 年上のクラスメイト [文学譚]

「学校出たらどうすんの?」

 半年前に入学して早くも半年が過ぎた。この短い期間であっても同じゼミの中でもいつも一緒にいる奴とそうでないのとに分かれている。俺たち三人はどういうわけだかゼミのある日はいつも一緒に学食で昼飯を摂るのだ。いつもはいかに楽に単位の取るかとか、代返で儲ける話とか、女の子の話とか、たわいのない話に終始するのだが、今日はどういうわけかマナブくんが将来の話を投げかけてきた。

「ぼくは、マスコミに行きたいんだ。できれば放送業界」

「マスコミかぁ・・・・・・どうなんだ、いまは。昔は人気あったらしいけど」

「いや、いまだって人気だよ。時に女子アナとかさ」

「お前、女子アナになりたいんか?」

「ああ、できるんだったらな・・・・・・男だけど。で、マナブくんは?」

「俺は銀行に入ってさ、二倍返しし続けて頭取を目指すさ」

「ふーん。この厳しい時代かぁ……ドラマの見過ぎじゃね?」

 聞いていた鈴木が口をはさんだ。

「銀行、いいんじゃないの? 今だから、時代を動かせるのかも」

「なんだ鈴木、知ったような事をいうなぁ」

「さすが! じっちゃん」

 鈴木は皆より年上だ。だからじっちゃんなんて渾名をつけられてしまった。

「で、じっちゃんはどうすんの?」

「わしか? わしはなぁ・・・・・・」

「なんだよ、お前にだって将来の夢ってあるだろ?」

 鈴木はギュッと口元を堅くして考え込んでいる。ぼくらふたりは、なんだかいけないことでも聞いてしまったような気がしてきた。大学に入ったばかりのティーンエイジャーには誰にだって将来の夢がある。もちろん、中には先のことなどなにも考えていないような者もいるだろうが、それでも金持ちになりたいとか、女と遊びまくりたいとか、海外に住みたいとか、なにかしら思い描いているものがひとつくらいはあるだろう。なんせ若者には無限の可能性があるのだから。

 若い頃には無限だと思っていた可能性は、大学を出て就職する頃にはガクンと数が減って片手で数えられるほどに絞られる。そしてそこから歳を重ねるたびに、一本ずつどこかに霧散してしまって、気がついたら夢なんてほんとうに子供時代に寝ぼけて見た夢だったのではないかと思えてくるんだぞ。入学祝いの席で父はぼくにそう言って戒めた。いまそんなことを言われてもよくは理解できなかったが、要するにいまのうちに描いた夢を大切にしろといいたかったのだろう。

 なにも言わないので、もういいよと言ってやろうと思うと同時に鈴木がなにかを言った。

「棺おけ」

「はぁ? なにそれ」

「あの、日本の棺おけはどうもなぁ。白木かなんかで、顔のところに房のついた窓があってさ・・・・・・ああいうのには入りたくないな。できればほら、外国映画に出てくる、あの黒塗りのさ、格好いい棺おけに入れてもらいたいんだな」

 ぼくたちはなぜ突然そんなことを言いだすのかとは訊かなかった。無限の可能性の中にはそういうものだってあるのかもしれない。それに確かに鈴木が四年後卒業して、アナウンサーを目指したり、頭取を目指すって言われた方がびっくりするかもしれない。それは無理なんじゃないのなんて言ってしまうかもだ。そんな大それた夢よりも、棺おけの話のほうがずっとありそうに思えた。やわらかいうどんを口に運んでは二、三度歯ぐきで噛むようにもぐもぐとしてからごくんと呑みこむ鈴木を、ぼくもマナブも黙って見つめた。皺っぽい皮膚、すっかり抜けてしまった髪、曲がった背中。鈴木は同級生には違いないけれども、年齢は確か七十いくつだとか言っていたことをすっかり忘れていた。

                                     了


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