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第九百七十三話 霊缶商法 [文学譚]

 仏壇に入れてあった缶が膨らみはじめた。神棚に備えてあった缶が膨らんで異様な形に変形している。そんな苦情 が舞いこみはじめたのは先週末からだ。気温や湿度によって生ものが腐敗すると大量のガスが発生して体積が大きく変化することはありうる話ではあるが、この 缶の中身が腐敗するはずがない。缶詰というものは完全に密封されているので腐敗の原因となるようなものが外から侵入できるはずがない。仮に細菌や微生物が 最初から混入していたとしてもそのエサとなるようなものはなにひとつ封入されていない。有り体にいうと、缶の中には空気以外なにも入っていないのだ。

 世の中には空気の缶詰というものがあるらしい。空気がきれいな山岳地帯や観光地の空気を密封しているとして土産物になったらしいが、数年前から大気汚染がい よいよひどくなった中国では、新鮮な空気を求める人々の間で飛ぶように売れたという話もあった。私はその噂を聞いて、これはいけると思った。ただ空気の缶 詰として売るのなら模倣にしか過ぎないが、なにか別のもっとありがたいものを封入して売るというのはどうだろうかと思いついたのだ。

 私は早速国 内の霊験あらたかな寺社やパワースポットを訪れ、実際の霊気を確認した上で、自らの魂で感じるものがある場所を厳選した。私には霊感というものがあるとは 思っていないのだが、それでも場所によってはなにか肌に感ずるというか、心がざわざわするというか、そういう感じになることがある。それがなにかスピリ チュアルなものなのかどうかはわからないけれども少なくとも私自身の肉体や魂が交感しているわけだから私はその自分の直感を信じる。厳選した場所に製缶機 械を運び入れて、そこでからっぽのまま、いや実際には現地の空気ともしかしたら霊気を缶の中には封入し、その場所がいかに霊験に満ちた場所であるかを歌い 上げる言葉を印刷したレッテルを貼って仕上げた。

 たとえばこんな風に。

「身魂救済之霊験密封ー○○宮之霊気」

「精神昇華天至鎮魂ー○○霊場の気」

 これらを各地の宗教団体を絡ませてそのネットワークに乗せ、数を限定して高値で提供したところ、かつては怪しげな売人たちの糧となっては廃れてし まった壺や印鑑に代わるものとして世の中に出回った。

 この缶詰が壺や印鑑と違うところは、そこまで高値ではない上に、より実用性を持たせたこと である。不安に苛まれたり、良心が痛むような行動をとってしまったとき、この缶詰を開けて中に封入されている霊気を吸えばたちどころに魂の救済が行われる のだ。基督信者が牧師に告解をするのと同じ効果が、もっと手軽に自分自身で行なえてしまうというわけだ。

 もちろんこのようなことをすべての人間が信じるわけではない。私はそこまで馬鹿ではない。しかし缶詰の霊験を信じる者は予想通り少なからずいたのだ。信じる者こそ救われるのだ。

 販売開始から一年、二年はなにごともなく過ぎた。三年目になって、缶詰を開けて霊気を吸ったが、なにも起こらなかったというクレームが一件あった。刑務所の 中からだった。この男はまもなく刑が執行されてこの世を去ってしまった。さらに数年間は順調に売り上げを維持していたのだが、十年目にして各地から同じク レームが届くようになった。

 このような缶を大枚はたいて購入したことさえ忘れていた顧客が、ある日仏壇の大掃除をしていて缶が妙に膨らんでいる ことに気がついたり、神棚にハタキをかけていたら膨らんだかんが落ちてきたといったクレームだった。すでに販売後十年近く過ぎていることもあって、私は缶 の隅っこに記載している賞味期限を確認するようにと触れてまわった。案の定、いずれも賞味期限を大きく過ぎているものばかりで、それを理由に事なきを得 た。こういう但し書きは嘘でも入れておくものであるなと胸をなでおろした。しかし顧客のいずれもが膨らんだ缶の処理に困るというので、返却いただければこ ちらで対処するという方針を打ち出した。こんなもの、缶切りで穴を開けて中の空気を抜きさえすればどうということはないのだ。

 私の元にたくさん の缶詰が送り返されてきた。確かにいずれも大きく膨らんでしまっている。缶切りをあてがっても縁のところに金具が引っかからず開け用がない。仕方ないので 倉庫に放置してあるのだが、これがこのまま膨らんでいったら爆発でするのだろうかと疑問に思い、いくつかを倉庫から自宅に持ち帰り、テーブルの上に並べて おいた。

 テーブルの上には三個の缶詰があるのだが、そのいずれもがいままさに最後の変化を遂げようとしている。もはや膨らんだ状態を保つことが できないくらいに変形してしまっているのだ。あの円柱形という缶詰の形がほとんど球体に近くなっている。爆発して怪我でもすると馬鹿らしいので私はゴーグ ルをつけ、防護服を着てその瞬間を待ち受けた。こいつが破裂したらなにが出てくるのだろう。中には確かに霊気を含んだ空気が入っているはず。膨らむはずの ない空気が。それがここまで体積を大きくしているということは、もしや霊気からなにやら怪しいものでも生まれてしまっているのかもしれない。想像をたくま しくすればするほどおそろしくなってくる。いよいよ缶詰は限界を呈してきた。もう、だめだ。何処かが裂けて、中身が溢れ出る。そう思った瞬間、三つの缶詰 が同時に口を開けた。

「ぷしゅぅ」

 それだけだった。その空気を吸った自分自身の姿を顧みると、なんと老人に変わってしまっている、というようなこともないのだった。

                                         了


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