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第九百六十六話 なにも変わらない部屋 [文学譚]

 決して広くはない。最初は十六畳の居間を広過ぎるかと思ったが、テーブルとソファと書棚を置くとちょうどいい感じの広さだと感じるようになった。四脚の椅子がセットになった木のテーブルは居間の西半分の真ん中を占有している。カウンターキッチンがあるサイドだ。残りの東半分はくつろぎスペースとして大小ふたつのソファを据え、東の壁一面が隠れるほどの書棚に向いている。書棚はAVボードを兼ねていて、その中央には大型テレビがはめ込まれている。テレビの周囲を本やDVDが取り囲むように並べられている。これが案外圧迫感があって、部屋の広さを食っている。

 私はこのスペースが好きで、いつも大小どちらかのソファに背中から身を沈めてテレビを眺めていた。テレビに映されているにはくだらないバラエティ番組や安上がりなドラマなどではなく、たいていは映画かお芝居のDVDだった。ソファの上で横になっていると愛猫のトミーがすり寄ってきてお腹の上に飛び乗ってくる。すると私は動きが取れなくなってトミーが飛び降りるまで延々と映画を見続けることになった。

 日々ソファに体を沈めて映画を見続けるという幸福な時間はひと月も続かなかった。冷蔵庫にも食料庫にもお押入れにも、蓄えていた食べ物がなくなってしまったのだ。足の悪い私は部屋から出られない。毎週きてくれていたヘルパーは理由はわからないが来なくなってしまった。多分金銭の問題だろう。電話などとくの昔につながらなくなってしまった。窓から大声を出して助けを呼ぶような気力もとうに失せていた。居間のほかにも部屋はたくさんあるのだが、誰も住んでいない。死んだ爺さんからこの屋敷を受け継いだのは私一人だけだからだ。身よりもなく誰も訪ねても来ない。ソファから立ち上がることもできなくなった頃にはトミーも来なくなってしまった。どこでどうしているのだろうか。私の背中はいつもじくじくと汁のようなものが滲むようになって、嫌な臭いがするようになった。

 あれからどのくらいの時間が過ぎたのか。数日なのか、数ヶ月なのか、あるいは数年なのか。この部屋の様子は少しも変わらない。トミーがいないことと、テレビになにも映っていないこと以外は。そして私は相変わらずソファの上に横たわったまま、真っ暗なテレビの画面を眺め続けている。

                                                          了


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