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第九百十三話 夢中症 [妖精譚]

 なんでこんなに暑いんだ。じっとしているだけでも体中に汗が流れ出す。八月生まれで暑いのは平気なはずなのに、これほど暑いとちょっと身体が心配になってくる。暑さには平気だと思っているから普段はほとんどエアコンをつけない。うちのエアコンは、夏用というよりは冬の暖房のためにあるようなものなんだ。冬の寒さ、あれは堪える。11月にもなると凍えてしまうんではないかと心配になってすぐに暖房をつけるくらいだ。だが、夏は違う。窓を開け放ちさえずれば、心地いい風が入ってきて、汗なんかすーっと引いていく。いや、むしろあの風の気持ちよさを求めずに冷房をつけてしまうなんて信じられないくらいだ。自然の中で自然の風と共に過ごす、それこそが生き物の喜びだと思うんだなぁぼくは。

 とはいえこの暑さ。昔は日射病に気をつけろなんてよく言われてた。炎天下で帽子もかぶらずに遊んでいるなどとんでもないって、母親によく叱られたものだ。ところが今は日射病なんて言わなくなったようだ。最近聞く熱中症ってやつ。あれは炎天下じゃなくっても倒れてしまうんだってね。太陽の直射を避けて家の中にいてさえ、室温が上がり過ぎて熱中りをしてしまうってことらしい。いまのぼくは冷房もつけずに窓を開け放しているものの、汗がだらだら。まさに熱中症一歩手前ってところではないのかしらん。熱中症の予防のためには水分補給が大事だっていうから、さっきからどんどん水を飲んでいるからまぁ、大丈夫だろうけどね。

 冷房をつける? とんでもない。八月生まれで夏には強いと豪語してるんだから、そんなみっともないことできない。……って表向きは言ってるけど、ほんとうは最近収入がおぼつかなくって、電気代が恐いんだよ。冷房なんてつけはじめたら癖になっちゃうでしょ。最初はちょっとだけって思っていても、冷房の涼しさになれちゃうと、もう少しだけなんて思って、結局一日中、一晩中冷房の中で過ごすようになる。そうして夏の終わりにやってきた電気代の請求書に目を回してしまうのが眼に見えている。だからぼくは絶対に冷房をつけない。どうしても我慢できないときには街に出て冷房が利いている店に入って涼むんだけど、いまは、この窓外の暑そうな日差しを見ると、とてもそんな気にさえなれない。いっそ大雨でも降ってきたらいいのに。いや、どうせ異常気象だというのなら、真夏に雪なんて降ってもいいんじゃないの?

 ふと思いついた真夏の雪という言葉に嬉しくなって窓外に目をやる。と、なんだか白いものがちらちらしている。なんだ? 嘘だろう? いま思ったことがほんとうになったのか? あれは……雪……雪でしょ? ほんとうか? 信じられない。窓から手を差し出すと、掌に落ちて来た白いものは確かに雪だ。温もった掌の上では雪はすぐに溶けて水になってしまったが、冷たさが瞬いて消えたのがわかった。こんなことってほんとうにあるんだ。ぼくは信じられない気持で空を見上げた。雪はますます量を増やしている。天にいる人が間違えたのか、あるいはぼくの思いつきに賛同したのかわからないけれど、とにかく真冬ですらめったにないような大雪の気配だ。これは吹雪くかもしれないな。思っているうちに雪はどんどんベランダにも積りはじめ、階下の通りを見ると、道にも積りはじめていた。なんてことだ。こんなことってあるのか? 雪はあっという間に通りを隠し、世間を真っ白に塗り替えていく。

 こんなことってあるのか? これだけ大吹雪で雪が積もっているのに、ちっとも寒くない。寒くないどころかいつまでたっても暑くて汗が止まらない。おかしい。何かがおかしい。これって……もしかして夢じゃないのか? 涼しさを求めるあまりにぼくは夢をみているんじゃないの? 雪なのに寒いなんて!

 目を開けると白い服を着た人が覗き込んでいる。気がつきましたか? もう大丈夫ですよ。何が? 何が大丈夫なの? ここはどこ? 家じゃないの? ははぁ。白い服の人は看護師だ。だとすると、ここは病院? 窓外に目をやる。まだ雪が降り続いている。なんだ? 夢じゃなかったのか?

「いま身体を冷やしていますからね、もうすぐ正常に戻りますよ」

 正常に? 戻る? 何から?

「ぼ、ぼくはもしかして熱中症に?」

「心配しなくていいですよ。熱中症ににていますけどね、あなたは夢中症で運び込まれたんですよ。こうあってほしいっていうのが夢になって、余りに思いが強すぎるとね、その自分の夢に中ってしまう症状の人が、ときどきいらっしゃいます。そういうのを夢中症っていうんですよ」

                                                      了

 


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