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第九百八話 酷暑日 [妖精譚]

 環境汚染のために地球温暖化が叫ばれていたのはもう随分と過去の話だ。あの頃はまことしやかに二酸化炭素の増加によって温室効果が生まれて、北極の氷が溶けてしまうだの、それによって海洋の水位が上がって世界中が水浸しになってしまうだの言われていたが、今となってはそんなことはささやかなことだ。

 アメリカで五十度という気温によって人が死んだ、そしてオーストラリアのど真ん中では五十四度という驚愕の気温が観測されたあの日、思えばあれがはじまりだったのかもしれない。それはもはや地球温暖化とかオゾン層の破壊とか、そんなレベルの話ではないことに、すでに各国の上層部は知っていたはずだ。庶民には単に異常気象として伝えられ、各地で熱中症による死亡者が出ていても、それは止むをえない現状であると思われ続けた。人々はただただ暑い暑いとぼやきながら季節が移るのを黙って耐えていったのだ。

 翌年の夏はさらに高気温が記録され、その記録はその後も年々更新されていった。

 五年後、人々はようやく太陽が膨張していることに気づきはじめる。それは日の入りの太陽が大きく見えるような見え方の問題だろうとごまかされ続けてきたが、アマチュア天文学者が、明らかに太陽の直径が1.2倍ほどになっていることに気がついたのだ。そしてアメリカを皮切りに各国政府が宇宙開発を急いでいる事実を公表しはじめた。

 それは数年前からはじまっている天体現象だった。太陽が膨張しているのではない。地球が太陽に引き寄せられているのだ。つまり地球が太陽に向かって落ちていっているということだ。正確に言えば、単に地球が太陽に自由落下しているということではなく、地球が太陽の周りを公転する楕円軌道が、円にちかかったものが少しづつ長楕円に変形しはじめているということだった。つまり、楕円の長径が長くなり、短径が短くなっているという。そうなると、もっとも太陽に近づく夏はより暑くなり、太陽から遠ざかる冬は一層寒くなる。こうした現象がなぜ起きているのかはいまだ不明であるが、なんらか外部から訪れる彗星などの影響によって太陽系内の微妙なバランスが崩れてしまったのだと推測されていた。地球が太陽を公転するこの変形度合いは年々加速度が加わり、あと十年も待たずして地球は太陽に飲み込まれてしまう、つまり太陽に落下してしまうという結果が既に予測されていた。世界の科学者たちが集結して地球脱出のための宇宙船開発を急いでいるのだが、とても間に合わないし、仮になんとか間に合ったとしても世界七十億人を救えるはずもない。だからひた隠しに隠していたのだ。

 まさか地球が太陽に落ちるだなんて。少なくとも人類が存在している間にはそのようなことはないとされてきた。しかし、自然界では何が起きても不思議ではないのだ。人類などというちっぽけな存在に予測できないことなど宇宙には山のように存在しているのだ。もはや我々人類は、いや、地球は、黙って地球も終焉を待つしかない。じたばたしてもどうしようもないのだ。より暑い夏を凌ぎ、より寒くなる冬を乗り越える。こうした目の前で起きている自然現象と対峙しながら、最後の時を待つしかないのだ……。

 ……ということなのではないかしら、もしかして。と思うほど暑い、二千十三年の夏。

                                                 了


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