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第九百三話 花火 [文学譚]

 世界ではいまだに国内紛争や隣国との小競り合いなど、人間が人間を殺すという無残な戦いが後を絶たない。日本という平和な国に住んでいると戦争など関係のない話のように思ってしまうが、報道で知ってはじめてまだ世の中には戦争している国があるんだなと思い知る。

 七月に入って、今年もまた各地で花火大会があることを思い出したが、同時にある映画作家が長岡花火を眺めながら言った言葉も想起された。

「世界中の爆弾が花火に変わったら、きっとこの世から戦争はなくなる(映画「この空の花」より)」

 なるほどそのとおりかもしれない。いや、爆弾だけじゃだめだ。爆薬のすべてが花火にしかならなければいい。鉄砲も、地雷も、ダイナマイトもすべて。

 ある夜、夢の中に悪魔が現れて私に告げた。

「お前の望みをひとつだけ聞いてやろう。こんなことは滅多にないぞ。魂も命も、なにひとつ対価を求めずに望みをかなえてやるのだからな」

 なぜ、今頃、悪魔が私の夢に現れたのかわからない。それにキリスト信者でもない私のところになぜ? だが、あくまでも夢の中だ。なにが起きても不思議ではない。私はちょうど花火のことを考えていたからかも知れないが、即座に答えた。

「では、ひとつだけ私の望みを聞いてください。この世の中にあるすべての爆薬……爆弾や鉄砲や地雷やダイナマイトなど……これらをすべて花火に変えてしまってください」

 悪魔は目を白黒させた。

「なんだ、そんなことでいいのか。おまえは金持ちになりたいとか、異性にモテたいとか、そういう願いじゃなくっていいのだな?」

 私がそうだと答えると、悪魔は「参った、こんな博愛的な願い事がいちばん堪える。叶えてやるのは実に簡単だがな」と言いながら消えていった。

 しばらくして、テレビで奇妙なニュースが流れていた。世界各国で起きていた紛争が一時休戦になったというのだ。一か所だけではない。イラクも、シリアも、エジプトも。あらゆる場所で起きていた争いが急に止まったのだ。この同時多発的現象も奇妙だが、その理由がもっと奇妙だった。爆弾がすべて使い物にならなくなったというのだ。そうだ。私の夢はただの夢ではなかったらしい。あの悪魔はほんもので、ほんとうに世界中の爆薬が花火に変わってしまったのだ。

 この奇妙な現象の原因を、各国の科学者が究明したが、誰一人としてわかる者はいなかった。原因を知っているのは世界中でただ一人、私だけなのだ。かくして世界から戦争はなくなり、あたかも世界中が平和の国になったかのように思われた。そして私は一躍平和をもたらしたヒーローになったのだが、むろんそれは私が勝手にそう思っているだけだ。誰も私の願いを悪魔が聞き入れたのだなんてことは知らないのだから。

 一年ほど過ぎた頃、大変なことが起きた。はるか天空から何者かがやって来たのだ。そう、地球外生命体、エイリアンの襲来だ。彼らは地球を侵略するために永らく観察してきたようだ。そしてここにきて地球の武器が無能になったことを知って、ついに侵略を実現するにいたったのだ。人類は彼らに抵抗すべくありとあらゆる武器を試したが、すべてポンッという音とともに美しい花火となって空に打ち上げられるだけだった。世界中で上げられた花火は、あたかも侵略者を歓迎するセレモニーのようだった。こうして地球は無抵抗のままエイリアンの手に落ちたのだった。

                                                        了

                            inspired by Nobuhiko Obayashi


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