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第九百四話 ようなもの [文学譚]

 男はひとり公園の木陰で立っていた。思わぬリストラに会って職を失い、しばらく自宅に引きこもっていたが、こんなことではいけないと運動がてら散歩に出て来たのだった。リストラされるにはまだ少し早い年齢だと思うのだけれども、近頃は年齢など関係なく切られてしまうようだ。半年間は失業手当でなんとか暮らせるが、そのためには職探しをしなければならないし、実際になにか仕事しなければ、半年後から路頭に迷うことになる。だが、まだ解雇通知のショックから立ち直れておらず、自分が何のために生きているのか、なんのために生まれて来たのかわからなくなっているような状態であった。

 公園の木陰に突っ立ってぼぉっと前を見つめていると、視界の中に小学生低学年くらいの男女の姿があった。何をしてるんだろう。ああ、なんだか楽しそうだ。もしぼくが人並みに結婚していて子供ができていたら、あのくらいになってたかもしれない。そうだ、もし十年前に振られた祥子と一緒になっていれば、きっとあんなおチビちゃんと今頃遊んでいたに違いない。そう思うとなんだかいっそう自分が情けなくなってきた。

 いけないいけない。なんでいたいけな子供を見て自分が情けなくならなきゃぁならないんだ? 馬鹿らしい。結婚しなかったのは自分の意思だ。それに子供なんて、大嫌いだ。うるさいし、わがままだし、邪魔だし。でも、あれがぼくの遺伝子を持っているとしたら、それはまた少し違う気持ちになれるのだろうか。世の親たちはどんな気持ちで子供を産むんだろうか。家から持ってきた”ようなもの”を何気に振ってみた。手ぶらではさみしいので、なんとなく運動しようと思って持ってきたのだ。実はさきほどからこの”ようなもの”を振り回してはいるのだが、どうも気が乗らなくて、ただただ振り回しているだけだった。いまも子供の存在を忘れるために振り回しているが、それは意味のない行為だ。こんなもの振り回したところでなんになる? ぼくはこれを持ていようがいまいがやっぱりぼくであり、あの子供たちとはなんの関係もないのだ。

 気がつくと、男は一歩二歩と子供立ちに吸い寄せられるように近づいていた。意識してのことではない。ようなものを振り回しながら子供を見ていたら、いつの間にか近づいていたのだ。この男の子はどんな子だ? 元気なのか、ひ弱いのか。意地悪なのか賢いのか?女の子は可愛い外見とおりの子か、おませな子か。祥子みたいに賢い大人になるのか、エッチな女になるのか。彼らの親ってどんな人間なのか。お父さんは偉いのか、金持ちなのか、リストラされてないのか?   目の前に男の子がいた。急に洗われた男に驚いて目を大きく見開いている。いやいや、なんでもないんだ。ぼくは変なひとではないよ、おじさん、君らを見ていただけなんだ。男の子が叫びそうになる。女の子は逃げ出そうとしている。男は逆に驚いて、男のこの腕を掴もうとした。するとつかみ損ねて、手に持っていたようなものが男の子のむき出しの腕にあたってしまった。ぴしゅっと軽い音がした。ちょっと傷つけてしまったかもしれない。でも大丈夫だ。これは人を傷つけるものではないのだから。あわててようなものをひっこめると、子供たちはあわてて逃げて行った。あーあ、驚かせてしまったのかなぁ。まずいなぁ。そんな気はなにもなかったのに。

 男はようなものをぶらぶらさせながらも説いた場所に戻ったが、もはやそこにい続ける理由はなかった。静かな公園の中を横切って、自宅に向かって歩きはじめた。どこか遠くでようなものの音がする。それが次第に大きくなって近づいてくるようだ。男はさほど気にせずゆっくりとあるく。そうだなぁ。もうじき日が暮れる。なにかようなものでも買って帰るか。それでビールでも飲んで、テレビでようなものでも見て過ごすとしよう。

 男はようなものを振り回しながら、ようなもののことを思い浮かべてくすりと笑う。そうだ、今日はようなもののような日だった。よぉし、明日こそはようなものを手に入れるためにがんばろう。男はまるでようなもののようだった。                                                 了


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