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第八百九十七話 家族を守りたい [謎解譚]

 欲しいものは何でも手に入れた。金も、名誉も、広い家も、高級車も、自家用飛行機さえも、手に入れたいものがあればとにかくがむしゃらに仕事をして自分のものにしてきた。それこそが望みであるし、生きている証であると思っていた。この歳になるまでは。だが、人間というものはわからないものだ。もう欲しいものなどないというところまで手にしてしまっているのに、心の中は空しさで満たされるようになった。いったいこの虚無感はなんなのだ。私は自問自答をする。今さらながらに人の話に耳を傾け、本を読み、どうすれば何かを求め続けていたあの頃のような充足感を取り戻すことができるのだろうと考える。そしてようやく理解したこと、それは愛だった。

 愛といっても、それは男女のいわゆる性愛ではない。家族愛だ。人は妻や子供、家族を守るために生きることこそを人生の糧とするべきなのだと、今頃になって知ったのだ。金など、名誉や高価な物質などどうでもよかったのだ。なのにこれまで私が費やしてきたものは、家族のためではなく、自己満足のためだった。だから空しさに満ちた人間になってしまった。妻を愛し、愛によって宿った子供を育んでいくこと。そして家族を守るために自分を捧げること。そうやってこそ生きていく力が生まれるのだ。だから私はそのように生き方を変えることにしたのだが。

「なぜだ。なぜこんなことをしたのだ。この世のすべてを所有して満足しているはずのお前が」

 薄暗い小部屋の真中に据えられた机の上で、白熱球のスタンドライトが私の顔にあてられ、冷たい顔の取り調べ官が言い放つ。

「豪邸の中に三人も拉致しやがって。お前にはもう身代金など不要だろうが」

「身代金などいらない」

「若い娘を誘拐するのはわからんでもない。美しいご婦人も、まぁ気にいったのかもしれん。だが、あんな年寄りまで……いったいなにがしたかったんだ?」

「わ、私は……家族を……守りたかった……」

「……家族を? 守りたい? なにを馬鹿な。家族を守るために他人を誘拐したと? どういうことだ?」

「だから……私は……大事な家族を幸せにしたかったんだ」

「幸せにって……第一お前には家族などいないではないか」

「だから、私は……守るべき家族がほしかったんだ!」

 私が手に入れていない唯一のもの、それは家族なんだ。

                                            了


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