SSブログ

第九百五話 再会の齢 [文学譚]

 遠く故郷から久しぶりに友がやってきた。彼女たちは幼少時代に一緒に幼稚園に通った幼馴染で同じ町に暮らしており、その後も小中高と同じ学校に通い大人になってからもずっと途切れることなくお付き合いが続いているという私の人生の中では非常に希少な友人たちなのだ。私はといえば十数年前に夫の仕事の関係で故郷を離れ、友人たちと会う機会も減ってしまったのだが、それでも数年ごとにお互いに行き来して再会を喜び合うのだ。

 今回は、夏休みという名目で……といってもみんな学生でも会社員でもないので、自分たちで勝手に言ってるだけだけれども……私が暮らす町に遊びに来てくれた。ルイ子は幼稚園児であった頃から闊達な子供で、その片鱗はいまでも残っている。何かにつけて前向きでパワフルに動き回るそんな女性で、いつも私に元気を与えてくれる。ムッ子は大人しいが聡明な女の子だった。とても知性的なだけではなく、今の歳になっても何かしら勉強を続けていて、さまざまな資格を取ったりしているというので頭が下がる。かくいう私自身はというと、とても引っ込み思案でのろまで、それでいて頑固さだけは人一倍という、三人の中では最悪の女の子だった。

 そんなまったく性格の違う三人が大人になっても友人と呼び合う関係を継続できていることはなんだか不思議な気がするのだが、逆に個性が違うからこそ惹かれあうのかもしれないなとも思う。かつては恋人だった夫と離婚した私にとっても、死に別れてしまったムッ子にとっても、一度も結婚しなかったルイ子にとっても、共通していえるのは、私たちのつながりはどんな男たちとの結びつきよりも強く確かなものだと感じていることだ。もちろんいまはそれぞれに恋人のような男性がいるのだけれども、それとはまったく無関係に無性に会いたくなるのが私たち三人なのだ。

 ルイ子とムッ子は同じ故郷に住み続けているので、ちょくちょく出会っているはずだが、私一人遠いところに住んでいるために二人と会うのは数年に一度ということになってしまう。いつも再会する度に思うのは、二人とも変わらないなという思いなのだが、五年ぶりに再会した今回は少しだけ違った。もちろん基本的には心のなかにあるルイ子やムッ子のままであり、変わらないなぁという部分がほとんどなのだけれども、ルイ子は五年前よりも痩せていて、反対にムッ子は少し太ったと思った。そしてよくよく見ると、当たり前のことだけれどもみんなの顔に刻まれた皺の数が増え、心なしか体力が落ちているようにも思った。もちろんそれらは客観的に自分自身を眺めたときにも感じることなのだろう。

 幼馴染から知っている友人だけに、胸の中にあるのはその頃の彼女たちの姿だし、それがそのまま成長して大人になった姿だ。さらにいまはそのまま歳を重ねていった私たち三人が出会っているわけで、その背中には何十年もの歴史が流れて来たということが信じられないような気持になる。これから先もこうして数年に一度再会し、加齢が加速していくのをお互いに見ることになるに違いないが、いったいそれはどのくらい続くのだろう。私たちはいつまでこの友情を確かめ合うことができるのだろう。二人の姿を眺めながらふとそんな気になったのは、やはり歳を意識してしまうからだ。

 せっかく都会にやって来たのだからと近隣の観光名所を案内して回る道中で、若いころのようにいつまでも歩き続けることができずに適度に休憩を入れてよっこらしょとどこかしらに座ろうとする私たち。ルイ子は痩せた分だけ身軽なのかもしれないが体力はないようでしょっちゅう座りたがる。ムッ子は元気だけれども少し曲がった腰が痛そうだ。私自身も杖が離せないでいる。あと五年もすれば百歳に届いてしまう、三人併せれば三百年という長さになってしまう私たちの友情にも、いつか終わりがくる。口には出さないが、それはきっと三人ともが心の中で思っていることなのだ。

                                       了


読んだよ!オモロー(^o^)(4)  感想(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。