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第八百八十九話 トイレの穴子さん [文学譚]

 目線より少し高いところに引き戸になった小さな窓があって、換気のために半分くらい明け放れてい る。だからそとから見えてしまうのではないかと心配になってつい頭を低くしてしまう。自宅では様式なので普通に椅子に座るようにして用がたせるけれども、 ここのような古い和式だと窓に向かっていわゆるしゃがむという体制なので、不安定だし長く続けていると足が痺れてくる。いつもとは全く違う小部屋なのであ る意味新鮮だとも言えるけれども、なによりも水洗ではなく昔ながらのボッチャン方式であることが嫌だ。親父の実家であるこの家に来るのは嫌ではないけれど も、トイレだけが苦ではあるのだ。

 ボッチャン様式という言い方が一般的に通じるのかどうかわからないが、たぶん正式には汲取式とでもいう のだろう。最近の都会ではとんと見なくなったバキュームカーが田舎ではまだ生きていて、臭いを発散しながらこのようなトイレに溜まった糞尿の回収に回って いるというあれだ。便器の穴から下を覗くと、薄暗い中に糞尿が溜まっているのが見え、下手をすると排便した直後に跳ね返りが尻に戻ってくることがあった。 子供のときはそういう汚さが嫌であると同時に、まことしやかに耳に入ってくるお化けの話が恐くてトイレを嫌がった。

 トイレのお化けの話と いうのはおそらくいくつもあるのだろうけれども、ぼくが知っているのは便器の穴から手が伸びてくるというものだ。いったい糞尿で満たされたトイレの穴のど こに潜んでいるのかわからないが、便器から伸びたきた手が尻をなでるだけというのがもっともポピュラーだが、中には「紙をくれー」と声をかけてくるという 話もあった。いまではそんなことを恐れはしないけれども、古い便器の穴を覗くと、その話を思い出して少し気持ち悪くなる。

 深夜の古いトイ レにしゃがんで、四十ワット白熱灯の薄明かりの中でぼんやりしていると、穴の底から微かな風を尻に感じた。汲取の小窓から吹いてくるのだろうとそのまま しゃがんでいたが、排便と同時に何かの気配を尻の下に感じて思わず下を見ると、穴の中に何かがいた。ぼくは固まったまま下を見続けていると、ぷうんと糞尿 の臭いが上がってくる。な、なんだ? 暗い穴を凝視していると、黒い何かが穴から伸びてきた。お化けか? 臭い。ぼくは子供の頃には疑問にも思わなかった ことがいま明らかになった。穴から伸びてきた手は糞まみれで、手というよりは手の形をした糞だった。

                                了


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